受託ソフトウェア開発における進行基準適用の検討と課題
<構成>
はじめに
1.情報サービス産業の現状と課題
2.受託ソフトウェア開発の会計処理
(1)受託ソフトウェア開発の流れと会計処理
(2)受託ソフトウェア開発における会計上の特質・問題点
3.受託ソフトウェア開発における進行基準適用の是非
(1)わが国における進行基準適用の現状
(2)米国基準、国際会計基準における進行基準の適用
(3)進行基準適用の理論的検討
(4)進行基準適用によるメリット・デメリット
4.受託ソフトウェア開発における進行基準適用の課題
(1)請負金額の確定と見積原価の適正性
(2)進捗率の算定
(3)その他
5.おわりに
<“はじめに”と“おわりに”>
はじめに
近年、情報サービス産業において数々の会計不正が明らかになり、産業の不明朗な取引慣行が指摘されている。主にソフトウェアを扱う情報サービス産業では、ソフトウェアの取引慣行が成熟していないことから、いまだこれに対応する適切な会計処理基準が確立されておらず、業界の慣習または各企業の独自の判断によって会計処理が行われているのが現状である。このような状況に対し、2005年から2006年にかけて日本公認会計士協会、経済産業省、企業会計基準委員会が相次いで報告、指針等を公表している。公表資料においては、情報サービス産業の会計を取り巻く多くの問題について検討が行われており、一定の結論と今後の課題が示されている。本論文は、情報サービス産業の売上高の約半分を占めている受託ソフトウェア開発を対象に、わが国の現状と公表資料をもとに問題点を考察し、適切な収益計上に向けた解決策として進行基準の適用を取り上げ、諸外国の現状および収益認識にかかる会計理論から検討を行い、適用に向けた課題を提示するものである。
〜省略〜
おわりに
以上、受託ソフトウェア開発の会計問題の解決策として、進行基準の適用を取り上げ、その適用の是非および課題について検討した。わが国における近年の情報サービス産業における会計不正に対して、企業会計基準委員会が公表した「実務対応指針」は、検収基準を厳格に適用することによって、その収益の確実性を確保するものであったが、その内容は現在の国際的な会計基準統合の流れや業績開示の観点から検討の余地を残すものであった。ソフトウェア開発においては、ソフトウェアという財に無形性、変化性、複合性という特質を指摘することができ、その特質から生じる問題を解決するには、進行基準の適用の要件となる請負金額の確定と見積原価の適正性の確保が必要であることが導き出された。わが国における進行基準の適用状況は、技術的観点、管理的観点の能力不足などから、ごくわずかの大手企業に限定されている。しかし、米国会計基準、国際会計基準においては進行基準が原則的に適用されており、国際的には進行基準による収益認識が一般的な会計処理である。これは、会計理論からのアプローチにおいても資産負債中心観による理論構築が可能であることから、今後進行基準が支持される状況に変わりはないといえる。わが国においても今後、IASBとのコンバージェンスの課題として新たに加わったIAS11号(工事契約)の議論が進むことによって、進行基準への一本化が進むと考えられる。また、進行基準の適用によって、タイムリーなディクロージャーおよび期間または季節の収益変動の抑制、正確な原価管理、プロジェクト管理制度の向上が期待される。
しかし、現状の業界の慣習から検討すると、進行基準適用には多くの課題が残されている。現実的には、進行基準の適用はまだ早急であり、課題に挙げられた進行基準を適用するための環境を構築することが必要となる。この前提が整わない限り、進行基準適用のデメリットに挙げた恣意的な収益費用の計上を防ぐことは不可能であり、逆に進行基準を適用することによって不正が蔓延することも考えられる。今後、情報サービス産業において、種々の標準化、制度化が進み、進行基準が適用できる土台が形成されることを期待したい。