市場原理の浸透と会計制度改革

―日中会計制度比較を視点に入れて―

日中の会計制度の比較の基点としての市場原理

株式所有制による国有企業の改革

証券投資情報の開示に関連する会計制度のあり方に一石を投じている

中国会計制度の改革の焦点

国家のマクロ経済管理、企業の財政状態および経営成績並びに内部経営管理への貢献

特徴

国家のマクロ経済管理への企業会計の役割が明示

中国の会計制度改革

根底に国家による企業支配の思想

改革の狙い

支配を株式所有制によって効率的に実施すること

国が国有企業の支配株主に必要な株式を所有制的業を支配しかつ所有株式数を限度に経営責任を負うことで国有企業の国家による管理の効果化と効率化を狙っている

国有企業の改革(中心)

基幹産業の経営支配権を中央政府が掌握すること

市場経済化の主導権を国家に留めておくこと

→国有持ち株会社の構想

主要な役割を資本面で演じることを期待されている

集団所有制の株式所有制への転換

株式所有制の導入

社会主義経済の活性化

国家財政の負担の軽減と人民資本の形成

事業の性質による経営形態の選択と市場被爆の諸相

市場原理の浸透の程度

事業の性質によって異なる

日本企業の経営形態

(1)政府および地方自治体の直轄事業にかかる公社や公団および地方公営企業

(2)政府および地方自治体の代替事業にかかる特殊法人や第三セクター企業

(3)規制産業に属する民間公益企業

(4)一般競争事業に属する民間営利企業

マーケット・エクスポージャー(市場被爆)

(1)が最も少なく、(2)と(3)の順に高まり(4)で最高

企業経営の自由度を示す

事業に対する政府の関与と市場原理の支配との関係

事業に対する政府の考え方、公益性の程度の判断、産業育成や保護の選択などを踏まえた経済体制の理念や方針によって左右される

経営形態の分類

事業が公益性に強く根ざしているか私益性に深化しているかによって官業に馴染むか民業が妥当であるかといった判別

中国の市場経済化の現状

(1)政府系資本が優位を占める巨大持ち株会社

国家資本による企業支配を統括するため

(2)大型国有企業を株式会社または有限会社に転換

絵エネルギー、国防軍事、文化宣伝、コンピュータ、情報通信等の産業を対象

(3)規制産業に属する公益企業

道路交通、水道、ガス等の産業を対象

(4)中小規模の国有企業と労働者集団企業の株式合作企業への転換

その他の産業や郷鎮企業を対象

日本でも中国でも事業の性質による経営形態の選択には大差がない

事業に対する国の関与と企業の自主経営の選択を事業の性質の違いにおいている

政治体制や経済体制の違い

国益主義と公益主義の間に見られる社会経済に対する政府の関与の考え方の違い

→社会経済を国が主導するか支援するか

国主導の経済運営化民間を首座にすえた社会主導の経済運営化の違い

中国の市場経済化の特徴に関するひとつの解釈

基幹産業や大型国有企業に保留される事業

国家管理を徹底するために株式所有制を梃子に市場原理を活用

中小規模の国有企業や集団企業

競争的淘汰のために市場原理が活用

問題

国有企業の整理は依然として進展を見せず、市場経済化による貧富の格差の拡大も社会問題化の兆候を見せている

改革・開放政策で市場経済化が進展

社会主義市場経済の根幹が証券市場経済と結合

社会主義国家建設のために証券市場経済の力を借りている

→資本会計面での資本主義化

生産や流通面での市場経済化を通して資本効率を追求することになるし分配面でも資本の論理が支配

中国政府

非公有経済を「社会主義市場経済の重要な構成部分」と位置づけている

非公有経済

民営化、株式会社化という形態の私有経済

競争原理の導入と行政による規制の緩和という二つの課題

公有経済の優位性を維持

国有制維持からの部分的所有に転換しても国家が支配力を行使できなければよいという判断と基幹産業を国家が抑えていればよいという判断が江沢民報告で示された

社会主義経済への株式所有制の導入

混合経済への転換であるとし、「公有資産の優位性あるいは公有経済の主体的地位は、量的にも質的にも、完全に崩れる可能性がある」

批判の論点

政府による競争の制限と保護

市場経済化の推進

市場が政府に取って代わる経済メカニズムを成立させる

経済のグローバル化の進行

単なる国際化を超えた世界的経済統合に向かって国民経済を開放しなければならない

国際証券市場への株式上場と会計基準の選択

国際証券市場に上場

当該証券市場の採用する会計基準に従うことになる

→中国の会計制度改革は国際証券市場での財務情報開示の基準を考慮したものとならざるを得ない

問題

社会主義市場経済の中に証券資本主義をどのように取り込むのか

会計制度の国際的調和化に関する問題

株式所有制

国有企業に対する有限責任性と株主リスクの負担を認めたもの

二つの意味

・国の主要産業に属する大型国有企業に対する国家財政の負担を軽減しながら実効支配を確保する

・中小国有企業や労働者集団企業の株主責任による自立を促進する

「株主価値経営」という発想

中国の会計制度改革の将来を占うひとつの視点を提供する

社会主義計画経済体制による直接的な国有企業管理に決別して市場経済を解した間接的な企業管理に乗り出した中国政府

資本の論理を国家が包み込むことに成功するか資本の論理が国家を呑み込むかの問題

中国企業の株式が国際的投資の対象となると複雑な展開を見せる

国際証券市場に上場

国内会計基準の国際的調和化の必要

国内証券市場にのみ上場する国内企業に適用される会計基準と上場証券市場の会計基準との二重基準の問題

A株、B株、H株のように株式取引は多様化

さらに国際証券市場手取引される株式が加わって

→適用される会計基準の多様化

企業会計上の「持分」の解釈をめぐる問題

株式所有の私有制をも認める混合所有制の導入

中国企業は株主資本の確立を迫られている

全人民的所有

主体者であった労農階級の権益が企業会計上の「持分」の中でどのように位置づけられるかがひとつの問題点

企業会計上の持分

出資者持分と債権者持分

内部留保資金

債権者のための法廷準備金、事業拡張積立金等の経営者留保資金、配当平均積立金等の株主留保資金、退職給与引当金や年金債務等の被雇用者留保資金など

性質

債権者持分、経営者持分、株主持分、被雇用者持分など

消費者保護のための準備金や引当金

消費者持分

環境保全のための準備金や引当金

社会持分

納税準備金や引当金

政府持分

留保資金のうち株主持分または債権者持分として法的に確定しているもの以外

経営者に委託された株主持分

暫定的に経営者持分として機能

持分の多様な分類

経営的事実に則した現象的分類

法的事実としては出資者持分か債権者持分のいずれかに帰属

経営者持分

経営者による企業統治の財源

経営者は内部留保を厚くして統治力を強化

経営者支配がその財政基盤の上に成立

経営者支配

所有と経営の分離

資本提供者である株主の企業統治権の暫定的委任

支配は最終的には株主によって行使

経営者が支配株主の地位を維持するためにとられる手段(日本)

株式持合いや安定株主工作

→会計制度改革ですでに崩れる運命

中国企業の持分概念

法廷公益金の概念

中国社会主義の特徴

社会主義中国が労働主体の国家であることの残り

政府主導の経済運営をしている中国

ドイツ・日本・フランスの会計制度が馴染みやすい

アングロ・サクソンのアプローチを中国政府が採用

背景

慣習法に基づく会計基準の変更のし易さ

株主価値経営が迫る会計制度改革

中国 社会主義的制約

中国の国有企業は小民の雇用、住宅、医療、退職後給付の提供ないし援助の義務が存在

公的機関の役割を担っているので独立の営利機関を指す(entity)の概念に馴染まない

構成市場取引による市場価格ではなく政府による管理価格や取引関係者間の談合価格や協定価格が一般に通用

血族関係や親族関係が中国で最も重視されること

アングロ・アメリカ会計を中国に導入する場合の問題点

私的所有権に関する法的定義の明確化、経済法および商事法の整備、職業会計人の育成、新会計基準は政府によって設定された従来の勘定組織や会計手続きと違って弾力的であるからこの会計環境にt慶応するには時間を要すること、中央政府による社会保障制度が欠落していること

 

<参考文献>

吉田寛「市場原理の浸透と会計制度改革」『会計』第156巻第5号、199911月、森山書店