中国の「会計法」改正と企業会計システム
「改革・開放」政策を決定して市場経済体制に移行(二十年余り)
国内経済
豊かな労働力と海外からの資本と技術の積極的な導入で急速に発展
WTO加盟にまで国際的地位を高めた
社会制度
1993年:憲法改正
「計画経済を放棄して市場経済を実行する」
1999年:憲法改正
「市営経済は社会主義市場経済の重要な構成部分である」
→私営経済を認知
社会主義市場経済体制下の国家の経済運営
計画経済時代
中央政府の下達する命令で決定
企業会計情報を基礎
統計を駆使してマクロ管理する方法
→企業会計情報が正確、かつ迅速であることが重要
↑その必要性
改革・開放の初期段階である1985年に「会計法(中華人民共和国会計法)」を制定
「会計法」
中国の会計業務に関する基本法として制定
以後の中国の会計システムの形成に大きな役割
1999年:大改正、7月より実施
中国の企業会計システムはさらに新しい展開
「会計法」と「会計改革」
「会計法」制定の意義
1985年1月に制定・実施
第1章総則
適用範囲:国家機関・国有企業・国営単位など
会計を行う単位は会計帳簿を設置すべきこと、会計年度は暦年とすべきことなど会計に関する基本的な事項を規定
全国統一の会計計算制度の設定を重要な課題
「全国統一の会計制度は、国務院財政部門が本法に基づき制定する」(第6条)
第2章
会計計算に関する事項
第3章
会計の監督
第4章
会計機構と会計担当職員に関する事項
第5章
法律責任
国家の代理人としての会計担当職員の役割に期待
国家のための「会計法」
「会計改革」および、それを推進するための諸施策
「会計改革」
1992年に設定され、7ヶ月の周知期間を経て1993年7月に実施された企業会計システム
「会計改革」の中核
「全国統一の会計制度」
「企業会計準則」
業種別「会計制度」
「企業財務通則」
業種別「財務制度」
いわゆる「両則」「両制」からなる財務会計システム
↓その一環として
1993年12月:「会計法」の改正
改正の主眼
社会主義市場経済体制維持のため、国家のための会計にとどまらず、私営企業を含む会計システムを構築すること
会計情報の真実性の確保を重視
適用範囲
すべての企業だけでなく個人事業者も含まれた
「企業会計準則」:1992年設定
企業会計の基本的事項、会計の前提、会計の要素など会計の枠組みを規定
「企業会計準則」体系における「基本準則」部分
「具体準則」部分…引き続き検討
一般業務に関する個別事項や特殊業務、特殊な業種に関する諸事項の定義と、それらを「認識」し「測定」する基準
「具体準則」が整備され、「企業会計準則」体系が完成した段階
→業種別の「会計制度」は廃止されると説明
「会計改革」
企業の経営情報を基礎として、国家がマクロ経済を管理することを目的
↑成功させるためには
新会計システムを運営できる優秀な会計担当職員を大量に配置する必要
@近代会計実務を執行できる有能な会計担当職員の要請
Aそれらの会計担当職員となる人材を養成する高等教育機関の質的・量的拡充
Bそれらの会計担当職員の職務に相応しい待遇
C企業の財務諸表監査を実施する「公認会計士」の大量確保
Dすでに職場に配置された会計担当職員を活性化するための継続教育
↓これらの諸施策
1998年までに精力的に進められた
会計学専攻を持つ高等学校(日本における短大・大学)
約500校(1995年)
在籍者数:11万人超
「会計人員継続教育暫行規定」1998年公布
企業に勤務する会計担当職員に対し、毎年一定時間の教育研究が実施
企業会計システム環境の変化
中国政府
「会計改革」のインフラ整備に多額の財政資金を投じた
「会計法」および設定過程にある「具体準則」を含む「企業会計準則」を、国家や政府の諸機関・国有企業はもとより個人を含むすべての企業に適用する必要
遅くとも7,8年で終了する予定だった
↓しかし
「具体準則」の設定作業
30の公開草案のうち2000年末までに設定されたのは10項目
全企業に適用:わずか3項目(その他:上海・深センの両株式市場に上場している1000社余に適用されているに過ぎない)
⇒予想しない事態が生じた
@「具体準則」の必要性に対する関係者間の認識の相違
会計学者
IASに準拠した先進的な会計基準
「具体準則」の運用が必要
企業で実務を行なう会計担当職員
国有企業・非国有企業を問わず、建国以来行政当局が設定する「企業会計制度」が指導規範
管理された会計実務に慣れていた
→上位基準である「企業会計準則」(「基本準則」)にさえ関心をもたなかった
会計担当職員の偏在の問題
会計関係職員数:1200万人(1995年)
約半数の600万人
→国有単位および県以上の集団単位に属している
新しく高等教育を受けた人材
国家機関や大中規模の国有企業に集中
新興の企業群
新しい会計教育を受けた学卒があまり就職していない
A市場経済の進化による企業形態の多様化
改革・開放が始まった頃
工業分野において国有企業は圧倒的地位(占有率78%)
→近年
国有企業の地位の低下(占有率28%)
「企業会計準則」
国有企業が圧倒的地位を占めていたときに検討
「会計制度」と「財務制度」は国有企業を主たる対象として設計
市場経済の発展
経済の所有形態に大きな変化
システムを実情に即して改良する必要
企業会計システムの運用
零細な個人企業
国有企業に要求するような厳格な会計実務とそれに基づく財務諸表を要求することは実際上不可能
株式会社に適用する「株式制試行企業会計制度」が制定(1992年)
→国有企業改革で転換する大中規模の株式会社に対応するには不十分
「株式会社会計制度」を制定(1998年)
位置付け
「新制度と具体準則の規定する会計計算方法が一致しない場合は会社は「具体準則」の規定で処理」
→「株式会社制度」よりも「企業会計準則」の構成部分である「具体準則」を優位においている
「会計法」の再改正
「具体準則」
IASに準拠
国際的にも先進的な会計基準
未設定で数年を経過している20項目の「具体準則」の追加設定により会計基準問題は解決するはず
↓なぜ?
廃止予定の「会計制度」が新たに制定
理由
「具体準則」体系が完成した後、スケジュールどおり会計基準を設定した場合
「会計信息失真」(会計情報の真実性の喪失)の懸念が大きい
会計業務の整備状況を検査(1996年:中国国務院)約84万単位
@16%強の単位において会計情報に誤りがあった
A財務諸表に誤りが認められた国有企業では利益を過大に計上する傾向が顕著であったが、私営企業など国有企業以外の単位は費用を過大に計上するなど利益を過小に計上する傾向が強かった
B全体の16%の単位には会計業務の基礎的体制が不備であったがその過半数は個人事業者や私営企業であった
↓結果をうけて
1998年6月
国務院は財政部に企業の会計業務体制の改善策として「会計法」の改正を指示
1999年10月
「会計法」の改正案は全人代の常務委員会を通過し、2000年7月より実施
「会計法」
全文7章52条
*改正前:6章30条
30か条追加、8か条削除または併合、21か条の修正
改正の主な点
@単位の代表者が単位の会計業務と会計情報に関して全責任を追うことを明確化(第4条・第21条)
A適用範囲から「個人独資企業法」による企業として登録しない個人事業者を除外(第2条)
B会計計算に関する規制を強化
会計計算に関する真実性の原則による一般的要求(第9条)、会計帳簿の設置、会計証憑の要件、会計年度と記帳本位制、財務諸表の必要条件、会計資料の保管、に関して規定
継続性の原則により選択した会計処置手続は原則として変更を認めないこと(第18条)、および担保提供・未解決の訴訟などの偶発事象は財務諸表において開示すべきこと(第19条)を規定
違反に関する罰則規定
C会社・企業に対し、会計の要素の計算において、認識、測定して記録すること(第25条)を要求
D会計担当職員を企業・単位の経営責任者のスタッフとし、その職務を会計計算、会計監督(内部統制組織)などに限定(第21条、第28条)
E会計監督
内部統制組織(会計機構・会計担当職員)、社会監督(公認会計士監査)、国家監督(財政・会計検査・税務などの当局)の一体化した体制
F「全国統一の会計制度」の定義(第50条第2項)
「旧会計法」以来の定説であった「会計に関する基準」だけでなく、会計観特や会計業務を管理する規定まで含まれる広義の概念と定義
中国の企業・単位会計のあるべき姿を示した会計に関する国家の基本法
↓変化
会社・企業を主たる対象とする、会計情報の利用者のニーズにも配慮した法律
中国が国際資本市場となるための前提として、IASに準拠した「具体準則」で企業会計が行なわれる基礎を再整備する役割
「改正会計法」制定後の企業会計システム
国有企業改革の影響
国有企業改革
約1万社の大中規模の国有企業を株式会社に組織変更し、中小規模の国有企業は売却して民営化すること
約1万社の大中規模の国有企業の経営形態変更後の会計
業種別の「会計制度」に代わって「株式会社会計制度」によって規制
中国の企業会計システムの主流
「会計法」→「企業会計準則」→「株式会社会計制度」
*中国政府はこれら元国有企業の株式を上場させる方針
→「具体準則」が次第に重要さを増す
中小規模の国有企業
工業部門だけで10万社(1997年)
↓積極的な売却政策によって私営企業化が急速に進行
6万社に減少(1999年)
国有企業を買収する私営企業の目的
買収した企業の設備と営業力を背景としてより多くの投資収益をあげること
新経営者
保守主義的な会計を行なう
国有企業の売却管理者
売却速度を上げるためにはそのような要望に配慮した新規の「会計制度」を制定
非国有企業の場合
利益の過少申告が指摘
集団所有制企業および私営企業
「改正会計法」において真実性の原則と継続性の原則が規定
↓
帳簿類の整備および財務諸表の信頼性は改善する
「企業会計準則」(基本準則)の影響力はさらに低下
↓
業種別「会計制度」に代わる企業規模および所有形態に着目した会計規範が望まれる
会計規範
私営企業化した旧国有企業と共通する必要がある
「会社法」や「共同経営企業法」など企業財務面の法的整備が進められた
「企業財務通則」や業種別「財務制度」の役割も変化
個別企業
「個別工商業者会計制度(試行)」が適用(1997年)
「企業会計準則」は適用されない
「個人独資企業法」(1999年制定)
「改正会計法」が適用される個人企業となるか、零細業者として引き続き簡易な会計制度の適用を受けるかのいずれかを選択
「株式会社会計制度」
業種を問わず統一した勘定科目を指定しており、新しい概念における「国家統一の会計制度」としての条件を具備
上場会社に「具体準則」を適用する上で、企業会計のインフラ整備という視点からも「株式会社会計制度」が要求する程度の規制は必要
株式を公開しない会社・企業
認識と測定に関し高度な会計知識と経験が要求される「具体準則」を適用すること
→時期尚早
「企業財務会計報告条例」(2000年6月発布(国務院)、2001年実施)
中国の企業会計の信頼性の確立に多大の寄与をするものと期待
中国の企業会計
「改正会計法」と「企業財務会計報告条例」とそれを支える「企業会計準則」(基本準則)を柱として、「会社法」などの企業法を横軸とした数種の「会計制度」によって、それぞれの利害関係者のニーズに応えた会計情報を提供できる体制
<参考文献>
犬飼利弘「中国の「会計法」改正と企業会計システム」『会計』第159巻第6号、森山書店、2001年6月