会計基準設定の現代的特徴と会計研究の役割
基礎的会計理論としての意思決定有用性アプローチの「欠陥」
近年の基準設定活動を理論との関連において論じる
→意思決定有用性アプローチの評価が課題となる
意思決定有用性アプローチ
AAA(1966)によって基礎的会計理論として定式化
FASBやIASC等の概念フレームワークに継承されてきた
要点
会計を一つの情報システムとしてみなした上で、会計の基本目的を「経済的意思決定に有用な情報を提供すること」と規定する点
今日、「企業会計の行方」を見えにくくしている最大の理論的遠因
⇒意思決定有用性アプローチ
↑
有用性の検証を可能にするような概念や規範がそもそも内蔵されていない
1970年代以降の会計基準
当該アプローチの論理に照らして検証することは原理的に不可能
意思決定有用性アプローチ
×基準設定の現実的な方向性を示す科学的理論
○基準設定の理論的な方向性を示す行動規範(スローガン)
基準設定と実証研究の乖離
実証研究への傾斜
インベスト・スタディ
市場の予期しない情報と異常投資収益率の関係を検証する
レベル・スタディ
情報のバリュー・リリバンス(株価説明力)の水準を検証する
仮説検定型実証
会計基準の情報インダクタンスを検証する
↓
一定の理論的根拠に基づいた有用性の概念と有用性の判定基準を具備している
→意思決定有用性アプローチの「欠陥」を外在的に補完
基準設定と実証研究の関係
1980年代半ばまで
実証研究によってその情報価値が確認された基準も少なくない
*増分情報価値が確認できない
→廃止された基準
⇒両者の間に、明確な乖離は見られなかった
会計情報の有用性を改善する方向で勧められてきた
1980年代後半以降
キャッシュ・フロー情報、公正価値情報の導入と拡充
→状況の複雑化
伝統的な利益情報に対する批判的評価
→利益情報の会計制度上の相対的な有用性を確認
この時期以降になされた多数の実証研究
キャッシュ・フロー情報に対する利益上場の相対的な有用性を確認
実現と対応に基づく伝統的な利益情報が有用性の点で比較優位を依然として保持していることを確認
1980年代後半以降の基準設定
・
実際には有用性の確認できない情報を理論的には「有用性であるはずの情報」として会計制度に取り込んできた
・
基準設定にあたって会計研究の成果が等閑視されてきた
↓
基準設定における「有用性」と実証研究における有用性
→明らかな乖離が観察されるようになった
Johnson and LennardやJWGによる全面構成価値評価の主張
→かかる乖離を今後さらに拡大しようとする動き
1980年度後半以降の基準設定の方向性を実証研究によって一意的に捉えること
⇒きわめて困難
意思決定有用性アプローチの内在的「欠陥」によって準備された基準設定の迷走の可能性
↓
現実の迷走へと大きく展開していった
会計の政治化の再発と規範的会計理論の衰退
意思決定有用性アプローチ
↑
会計の政治化の再発を防止できなかった
SFAS141,142号
持分プーリング法を排除し、採用可能な会計諸利をパーチェス法に一本化することによって、合併会計のあり方をめぐる長年の対立に一応の「決着」をつけた基準
ニューエコノミー企業の経営者たち
→持分プーリング法の排除の阻止
理由
合併にともないのれんの償却費負担が発生
↓
合併の抑制要因
↓
M&Aブームに水をさす
↓
ベンチャー企業の衰退
パーチェス法の採用によって生じるのれん
→非償却資産
→減損が確認された時点で当該資産に減損会計を適用する
(折衷的な解決策)
明確な会計の政治化
石油・ガス会計基準(SFAS19、25号)の設定・改廃以来
概念フレームワークの設定趣旨
会計の政治化を抗し、中立的な基準設定を推進すること
↓
SFAS141,142号の設定仮定とその帰結
→会計の政治家に対して無力
合併にともなって生じるのれんを非償却資産とする論拠
買い入れのれんが内生のれんによって置き換えられる
↑
内生のれんは会計的に認識しないという伝統的実務からの離脱
企業価値のこうした評価が意味あるもの(仮)
⇒資本市場は不要
理論上の混乱
資本市場における投資者の企業評価
必要な情報を提供する会計の機能
→両者の混同
⇒アメリカにおける規範的会計理論の衰退
ストック評価とフロー測定のギャップの拡大
基準設定の展開
新しい金融技術に依拠した企業取引の飛躍的発展に伴うストック情報拡充要求
→伝統的な収益費用アプローチのもとでオフバランス処理された情報をオンバランス化し、貸借対照表で表示される資産・負債のリアリティを改善するというもの
資産負債アプローチ
そうした方向性を基準設定に与えるために提示された会計観
ex)金融投資ポジションの公正価値のような新しく導入されたストック情報が、市場での株価形成に一定の影響を与えているということ
→実証研究によって確認済
1980年代後半以降の基準設定も
→それなりに筋の通ったもの
→情報の改善に寄与するもの
ストック情報
開示のものを財務諸表本体とせねばならない理論的必然性はない
ストック情報が有用であるということと、当該情報を財務諸表本体で開示するということ⇒理論的には直結しない
1980年代後半以降の基準設定
ストック評価とフロー測定のギャップの拡大
→利益の測定に深刻な混乱を持ち込む結果を招いた
財務諸表の非連携←最も深い傷痕
基準設定のわかりにくさの主因
利益情報が有用性の点で比較優位を保持しつづけているのに
↓
ストック情報の財務諸表本体での開示を第一義的優先課題として推進してきた
基準設定機関(近未来的には)
意思決定有用性アプローチを堅持
投資者の利益情報ニーズと利益測定の構造的整合性を犠牲にしたストック情報拡充の立場を取り続ける
<参考文献>
藤井秀樹「会計基準設定の現代的特徴と会計研究の役割」『会計』第161巻第2号、森山書店、2002年2月