新会計基準と企業行動

問題意識

近年の制度改革

→何が変わり

→何が変わらなかったのか

→変わったとすれば何がどう変わったのか

→その理由は何か

制度としての意思決定有用性アプローチ

意思決定有用性アプローチ(AAA1966))

FASBIASB等の概念フレームワークに継続

基準調和化を先導してきた主要な会計基準は既に意思決定有用性アプローチに基づいて設定されてきた

  ↓しかし

理論にとっては致命的ともいえる欠陥

「反証可能性」(falsifiability[1]の欠如

反証可能性

「有用性」の有無ないし程度

  ↓

内在的論理に照らして検証することは、原理的に不可能

Popper1959

反証可能性を欠いた理論は科学ではなく、疑似科学である

SFAS141

採用可能な企業結合はパーチェス法に一元化

 ↓

SFAS142

パーチェス法の採用から生じるのれんの非償却

(内生のれんの一部資産計上)

基準化の理由

「現行の会計モデルと利用可能な評価技法の制約のもとでは、のれんの非償却が最も有用な財務情報を提供することになる」

  ↑

根拠が明らかにされていない

→主張の真偽を検証することもできない

「有用性」の評価基準

目的適合性、信頼性等の質的特徴が提示

→操作性を欠いた抽象的価値概念

⇒「有用性」の検証には何ら貢献しない

つまり

FASBは、どのような会計勝利であれ、「有用な財務情報を提供することになる」と宣言しさえすれば、客観的証拠に基づく検証や論証を経ることなく、当該会計処理を基準化することができる

意思決定有用性アプローチ

基準設定のための基礎的会計理論としての地位を保持し続けているのは、一体なぜ?

⇒「制度」(institution)として見る

制度の含意と制度変化のプロセス

(1)制度と制度選択の一般解

制定の定義

人々が政治・経済・社会・組織などの領域でゲーム的な相互作用をするうちに浮かび上がり、当たり前と誰にでも受け取られるようになった自己拘束的なルール(青木)

  ↓

ある社会や集団に帰属する経済主体が共有する期待や信念を本質とする

期待や信念

過去の行動の「内省的なモニタリング」をつうじて獲得された暗黙知

  ↓

しばしば反証可能な理論や合理性を超えたものとして形成

制度の主要な役割

経済主体の「合理性の限界」を補い、その判断負荷の軽減を図ること

理論的「欠陥」を有するにもかかわらず、基準設定のための基礎的会計理論としての地位を保持し続けている理由

科学的批判の遠く及ばない期待や信念の領域に超然と屹立しているから

ある期待や信念が制度として確立

経済主体間の自生的な均衡状態を反映したもの

  ↓

当該制度から離れて行動すること

個々の経済主体にとって不利な選択

⇒情報のカスケード(informational cascades[2]

(2)制度変化のプロセス

「同型化」(isomorphism)と「分離」(decoupling

同型化

同一の環境条件のもとにある他の(支配的な)組織に似せるために、ある組織をある母集団に押し込める強制的なプロセス

 ↓

わが国も意思決定有用性アプローチに基づく会計規制を採用した方が得策

 

アメリカなどによるわが国企業会計が不透明であるとの指摘

批判の矛先

わが国の企業会計が拠って立つ期待や信念の不透明性

↓つまり

わが国の会計規制が基礎的会計理論として意思決定有用性アプローチを受容していない

同型化

→自主的ルールの地位を低下させる、淘汰してしまう

→制度の急激な逆機能化

   ↓回避するため

体外的なイメージとしてのシステムを、内部の(実態的な)活動プロセスから「分離」しようとする

つまり→組織における形式と実態の分離

 ↓そうすると

同型化

支配的制度への「儀式的な服従」

  ↓

外来の支配的制度と内部の自生的ルールは「緩やかに結合」

どのような分離が必要で可能であるか

先行事例

シンガポール

国際基準の早期国内化と当該基準への同国企業の低い準拠率の容認

ドイツ

個別財務諸表と連結財務諸表の分離と後者による基準調和化への対応

わが国の現状と個別問題の概観

ストックの時価評価をめぐる同型化と分離

山田論文

日米英の退職給付会計基準におけるストックの時価評価にともなう貸方の会計処理問題を計算構造論の観点から検討したもの

資本利益計算の構造的整合性を追及する計算構造論

ストックの時価評価の漸次的拡張にともなう未実現項目の増大

→利益計算の不確実性を高める

 

同型化

ストックの時価評価の漸次的拡張という方向性

分離

退職給付費用の計算における数理計算上の差異の遅延認識

  ↑

利益計算の利害調整機能に対する制度変化の影響を緩和するための工夫

意思決定有用性アプローチに基づく規制の失敗の可能性

田村論文

会計規制の強化が有する含意を、ゲーム理論を用いて考察したもの

経済主体に対する規制強化の影響

常にプラスとは限らない

ある条件下では

企業の透明性が向上しないばかりか、プレーヤー(企業と投資者)の期待利得がともに低下するという事態

ex)本来経済的不を増加させるはずの行動に対して企業が十分なインセンティブを持っていないにもかかわらず、当該行動領域に対して過重なペナルティをともなった厳格な規制が実施されるケース

意思決定有用性アプローチ

反証可能性を欠いた理論

→基準設定が情報の有用性を実際に買い是印するかどうかを当該アプローチの内在的論理に照らして検証することは、原理的に不可能

⇒「規制の失敗」を抑止または最小化するような規範を、そもそも持ち合わせていない

  ↓

当該アプローチに基づく会計規制が失敗する可能性は、常に潜在している

 

アメリカにおいて有用な会計規制

  ↓

日本においても有用な会計規制として機能するとは限らない

⇒同型化には適切な分離による「効果的な抵抗」が必要

 

<参考文献>

藤井秀樹「会計基準と基準設定の国際的調和化をめぐる諸問題」『会計』第161巻第3号、森山書店、20025



[1] ポパーが科学と非科学との境界基準としてあげた特性。科学理論は常に反証に対し開かれた暫定的仮説としての性格をもち、反証可能な非科学(ドグマ)と区別されるというもの。

[2] 他人の行動を幾つか観察したあとでは、自らの好みや情報にかかわらず、より多くの情報を含むと考えられる他人の行動に従うことが最善となり、多くの潜在的に有用な私的情報が埋もれたままになってしまう現象。ゲーム理論における「逢引きのジレンマ」。