会計基準の調和化をめぐる国際的動向と日本の調和化戦略
本稿の目的
近年の基準調和化をめぐる国際的動向を概観し、その特徴と問題点を明らかにしたうえで、我が国のとるべき調和化戦略について私見を提示
FASBとIASBによって主導されてきた基準調和化
→抗しがたい潮流
基準調和化
・それ自体がひとつの政治的プロセス
・つねに会計理論に従うとは限らない
→会計規制の改善につながるものであるかどうかは、理論的に予見しえない問題
その場しのぎの対応
→将来に重大な禍根を残すことになりかねない
意思決定有用性アプローチに基づく基準設定の問題
基準調和化
「意思決定有用性アプローチ」と称される市場指向型の会計理論に基づいて展開
主要な理論的特徴
会計の基本目的を「経済的意思決定に有用な情報を提供すること」と規定したうえで、かかる基本目的の達成に資する会計基準の設定を提唱する点
二つのレベルにおいて重大な問題点
・意思決定有用性アプローチそれ自体の科学性のレベル
・意思決定有用性アプローチに基づいて設定された会計基準の「有用性」のレベル
(1)意思決定有用性アプローチに基づく基準設定の問題点
意思決定有用性アプローチ
「反証可能性」を欠いた会計理論
↓ポパーの意味
「疑似科学」
*反証
ある命題が偽であると主張すること
・反証を受けないような理論
その真偽を確かめるすべがない
↓
それは「信仰」の対象にしかなりえない
・反証のリスクを負わないような理論
科学ではない
→疑似科学すなわち「信念」にすぎない
ex)FASB概念書第5号
キャッシュフロー計算書は企業の現金創出活動に関する有用な情報を提供する
↓
「有用性」の有無や程度を識別する具体的な方法について、FASB概念書は全く言及していない
↓
FASB概念書の内在的理論によっては、上記命題の真偽を明らかにすることは出来ない
「有用な情報を提供する」ものであると宣言
→客観的証拠に基づく「有用性」のテストや論証に煩わされることなく、当該会計手続を基準化することができる
(2)意思決定有用性アプローチに基づく基準設定の自己矛盾的帰結
意思決定有用性アプローチの疑似科学性から生じる基準設定活動の問題点を外在的に検証
⇒実証研究
1960年代後半以降のアメリカにおいて会計研究の主流
情報の「有用性」に関する標準的なタイプの実証研究
「有用性」を反証可能な概念で再定義したうえで、その変化や水準を統計量で図ることによって、「有用性」の有無や程度をテストするという手法
↓
テスト結果
FASBが設定してきた会計基準の「有用性」は確認できないとするテスト結果が、多くの実証研究によって繰り返し提示
純利益情報の相対的な地位低下をもたらす基準において顕著
代表的な事例
・キャッシュフロー情報の開示に関するFASB基準書第95号
・包括利益情報の表示に関するFASB基準書第130号
実証研究の諸成果
キャッシュフロー情報や包括利益情報よりも純利益情報のほうが「有用性」が高いということを、ほぼ一貫して確認してきた
FASB
実際には「有用性」の確認できない基準を、みずからの信念のうえでは「有用であるはずの基準」として設定してきた
実証研究によって突きつけられた「反証」を受け付けず、「有用性」が確認できないとされた基準の多くを現在に至るまで改廃することなく温存してきた
基準設定の背景
資産夫妻アプローチに基づく基準設定を通じて資産・負債の画一的かつ実在的な認識・測定をルール化し、会計的判断から「経営者の意図」を極力排除しようとするFASB関係者の信念
自己矛盾的帰結を顕在化させてきた最も主要な現実的要因
資産・負債の画一的かつ実在的な認識・測定から生じる情報の脚注開示という可能性を全く考慮することなく、当該情報の財務諸表本体での開示を当然のことのようにルール化してきたFASBの基準設定行動
信念に主導された基準設定活動の極致としてのIASB2002年業績報告書様式
意思決定有用性アプローチに基づく基準設定の問題点
より深刻化する方向に突き進む可能性が極めて高い
最も象徴的な事例
IASBで提示された業績報告書様式
(1)IASB2002年業績報告書様式とその特徴点
@会計的認識基準としての実現が全面的に否認されている
利益指標
業績報告書ボトムラインの包括利益が唯一のもの
A「ワン・ステートメント・アプローチ」
損益計算書と包括利益計算書を分離せず、ひとつの報告書に統合する表示方式
B「情報セット・アプローチ」
業績を単一の指標に集約するのではなく、業績の構成要素に重点をおいた情報開示を行い、どの構成要素が重要であるかの判断は情報利用者に委ねるアプローチ
ex)IASB2002年業績報告書様式
行〜「営業」と「財務」
列〜「当期」と「将来利益に関する期待の修正」
様式の背後にある基本的な考え方
実現に基づく純利益とその他の包括利益の区分は「経営者の裁量」によって左右されがちであり、情報利用者の意思決定を語どうする可能性が高いので、会計的認識基準としての実現を全面に否認し、利益指標を包括利益に一元化することによって、業績情報の「予測価値」を高めるべきである
↑
画一的なルールの採用によって会計的判断から「経営者の意図」を極力排除しようとするFASB関係者の信念と相通じるもの
(2)IASB2002年業績報告書様式の問題点
利益概念
包括利益に一元化
純利益についてはその表示さえもなされていない
実現の否認
→その他の包括利益のリサイクリングも否認
「当期」列のボトムライン
現行基準でいう純利益とは異質の金額
*脚注等で関連補足情報の開示がされないかぎり
会計情報から純利益の金額を集計することはできない
実現の全面的否認の背景
実現を「経営者の裁量」と結びついた恣意的認識基準とみなす考え方
IASBの実現観
発生主義会計の利用から生じる不確実性を処理するためのメカニズム
投資成果の認識基準とする考え方は極めて希薄
IASB2002年業績報告書様式
膨大な実証研究がこれまで繰り返し示唆してきたあるべき基準設定の報告とは全く逆の報告に基準設定を導こうとするもの
↑背後
画一的なルールの採用によって会計的判断から「経営者の意図」を排除することを「絶対的な正義」とする基準設定者たちの信念
「将来利益に関する期待の修正」
記録に基づかない情報の典型例と評すべきものであって、本質的に数値の「硬度」と「一意性」を欠く
情報提供者の一意的責任を伴わない数値
統計と区別される会計の本質
・証拠の基づく記録
・責任ある報告
↓IASB2002年業績報告書様式
「会計の統計化」を極めて明瞭に示すもの
我が国のとるべき調和化戦略
現在の基準調和化
理論によっては合理的に説明できない方向
当該調和化が一般に主張されているような会計規制の改善につながるものであるかどうかは理論的には予見できない
我が国の対処
・我が国の会計システムが拠って立つべき原則的立場を明確
・英米主導の当該調和化に対して戦略的に行動していく
(1)行動選択の一般解としての基準調和化の受け入れ
意思決定有用性アプローチに基づく英米主導の基準調和化が現在、抗しがたいひとつの国際的潮流
↑背後
ある思念がグローバルな会計規制の領域で「制度」として確立しているということを暗示
*制度
人々が政治・経済・社会・組織などの領域でゲーム的な相互作用をするうちに浮かび上がり、当たり前と誰にでも受け入れられるようになった自己拘束的なルール
制度から離れて行動すること
→ここの経済主体にとっては不利な選択
↓
我が国にとっての行動選択の一般解
この信念を共有し、現在進められている基準調和化の基本的方向を受け入れること
(2)我が国の原則的立場としての実現の擁護
イギリスの基準設定者
実現の全面的否認
会計上の利益
事後の事実によって投資家の事前の期待の成果を確認し、期待を事後に修正して、新たな期待を形成するための情報としての機能
実現業績利益(=純利益)
情報価値をもった投資情報として機能してきた
実現と未実現の区別
・事業投資の成果認識
決定的に重要な意義をもつ
・金融投資の成果認識
実質的な意義をほとんどもたない
会計的認識基準としての実現
・製造業企業の成果認識
決定的に重要な意義をもつ
・金融機関の成果認識
実質的な意義をほとんどもたない
イギリス
主要な製造業がほぼ全領域にわたって壊滅し金融業がほとんど唯一の国内主要産業となっている
→さしたる経済的影響もなく、あるいはむしろ経済システムと整合する会計規制となる
我が国
製造業が依然として国民経済の主軸を成している
→経済システムとの整合性を欠き、重大な制度的機能不全を惹起する
(3)基準調和化受け入れのための戦略としての分離
分離
制度の急激な変化から生じるルールの逆機能化を回避するために、「体外的なイメージとしてのシステムを、内部の活動プロセスから『分離』」すること
ex)
(1)国際基準を早期に国内化しつつ、国内化した国際基準には強制力を持たせないという戦略(シンガポール)
(2)国際基準の国内化は連結財務諸表で受け止め、「証拠に基づく記録」と「責任ある報告」を具備した会計は個別財務諸表において維持するという戦略(ドイツ)
(3)国内化された国際基準に基づく情報に着いては脚注開示を容認するという戦略(我が国のリース会計基準)
<参考文献>
藤井秀樹「会計基準の調和化をめぐる国際的動向と日本の調和化戦略」『会計』第163巻第2号、森山書店、2003年2月