現代会計理論序説
会計理論(accounting theories)の定義
Eldon S. Hendriksen
おそらく、会計に当てはまる理論の最も適切な定義は、理論とは『…ある研究分野にとっての一般的な参照枠(general frame of reference)を形成している仮定的、概念的、および実際的な諸原則の首尾一貫した集合体』を表すというものである。従って、会計理論とは、広い範囲の諸原則の集合体という形態の論理的な推論のことであり、それは(1)会計実務の評価を可能にする一般的な参照枠を提供するものであり、また(2)新しい実務や手続の開発に指針を与えるものである、と定義することができる。また、会計理論は現行実務を説明し、その理解を深めるのに利用することもできる。しかし、会計理論の最も重要な目標は、健全な会計実務の評価と開発のための一般的な参照枠を形成する論理的な諸原則の首尾一貫した集合体を提供することにある。
・会計に関する論理的な推論または議論のこと
・会計に関する一定の考えを首尾一貫した形で表明したもの
会計理論はなぜ必要なのか
現行の会計実務はどのようなものであるのかを明らかにすることによって、会計に対する理解を容易にし、促進させることができる
記述的(descriptive)な会計理論
現行の会計実務はどのようなものであるのかを明らかにするために構築され、また利用される会計理論
重大な困難または限界
現行の会計実務という「事実」の客観的な表現ではなく、事実をどのように認識するのかという解釈(価値観、主観)の要素を一部含んでいる
ex)棚卸資産の低価基準
費用配分の原則vs保守主義の原則
現行の会計実務の妥当性を判断する基準やそれを改善するための指針を直接提供するものではない
規範的(normative)な会計理論
会計実務の妥当性を評価するための規準やそれを改善するための指針を提供する目的で構築され、また利用される会計理論
困難、限界
構築しようとする人間の価値観が強く反映される
事実認識に伴う解釈&現実はどうあるべきか
判定基準
・答えを導出するプロセスに論理的な誤りがないかどうか
・答えを導出するために用いられた前提
・応えを発した人物に目を向け、その人間の信頼性などを評価
バーノン・カム(Vernon Kam)
(1)ドグマによる判定基準(dogmatic basis)
言明や理論を述べている人物(または組織)の信頼性に基づいて、その言明や理論の正しさを判定しようとする基準
*限界
信頼性という主観的で内面的な証拠に基づくものであり、しかも言明や理論を発したものの評価を通じて得られる間接的な証拠に基づくもの
(2)自明性による判定基準(self-evident basis)
言明や理論の正しをその自明性に基づいて判定しようとする基準
*言明や理論の自明性
一般的な知識や常識、経験や観察など様々な要素に基づきながら、直感的に判断
*限界
直感という主観的で内面的な証拠に基づくもの
(3)科学による判定基準(scientific basis)
言明や理論の内容が客観的な経験的証拠によって裏付けられたものであるのかどうかに基づいて、それらの言明や理論の正しさを判定しようとする基準
・自然科学の分野では最も一般的な判定基準
規範的な会計理論
価値判断を伴う規範的命題から構成
↓
価値判断の正しさ「事実」との照合によって証明する方法が見出されていない
↓
規範的な会計理論の正しさは、科学的な基準のみによって判定することはできない
*Watts and Zimmerman
×規範的な会計理論
○実証的な会計理論を提唱
会計は科学か、それともアートか?
会計理論の正しさは科学的な基準のみによって判定されるのが理想的であるのかどうかをめぐって意見の対立
・会計と呼ばれる人間の行為に対する極端な2つの見方の対立
@ 会計とは科学(science)
会計専門家は科学者が用いるのと同じか科学的な方法で観察を行い、それに基づいて財務諸表の作成やその妥当性の検証(監査)を行う
→会計理論の正しさは科学的な基準のみによって判定
A 会計とは一種のアート(art)
会計は多分に会計専門家の完成や直感に基づく表現活動
→会計理論の正しさは科学的な基準のみによって判定することはできず、人間の完成や直感のような主観的で内面的な証拠に基づくことも必要となる
会計理論の基礎構造としての会計公準
会計理論の構造
(1)会計上の手続(方法)に関する言明:会計理論の上部構造
(2)会計上の原則(指針)に関する言明:会計理論の中間構造
(3)会計上の前提(仮定)に関する言明:会計理論の基礎構造
→会計公準(accounting
postulates)
1.
会計実体の公準
2.
会計期間の公準
3.
貨幣的測定の公準
会計実体(accounting entities)の公準
会計の対象を空間的に規定する基礎概念である会計実態が予め明確に定義されている必要があるということを要請する公準
・会計の対象にかかわる前提
会計期間(accounting
periods)の公準
会計の対象を時間的に規定する基礎概念である会計期間が予め定義されている必要があるということを要請する公準
・会計の対象にかかわる前提
損益計算書のようなフロー(flow)を扱う財務諸表を作成することができない
貨幣的測定(monetary
measurements)の公準
会計では貨幣が統一的な測定単位として用いられ、すべての対象は金額(貨幣の数量)で表現される必要があるということを要請する公準
・会計の表現手段にかかわる前提
*測定
一定のルールに従い、対象を数字(数量)で表現する行為
会計における表現手段のすべてを規定しているわけではない
技術的な会計公準と理論的な会計公準
企業会計の基本的システムの構成
(1)複式簿記による記録を計算
(2)財務諸表の作成とそれに基づく情報の提供(報告)
↑
技術的に支える基本的な前提(技術的な公準)
・
会計実体(accounting entities)の公準
・
会計期間(accounting
periods)の公準
・
貨幣的測定(monetary
measurements)の公準
会計の具体的な内容を規定するのに必要となる基本的な前提(理論的な会計公準)
会計を「何のために」、「どのように」行うべきかということにかかわる前提
・
会計目的の公準
・
会計主体の公準
・
継続企業の公準
・
貨幣価値の公準
会計主体の公準
会計の対象である会計実体の性質に対する見方にかかわる理論的な前提
会計の対象となる企業は誰によって支配された存在であるとみなして会計を行うべきかという一種の企業間にかかわる理論的な前提(企業会計はどのような企業間を前提として行われるべきなのか)
(1)資本主説
(2)代理人説(Husband)
(3)企業主体説(Suojanen)
(4)企業体説
(5)資金説(Vatter)
(6)投資者説(Staubus)
(7)経営者説(Goldberg)
*会計上の相違
(1)会計の基本等式
・資本主説
「資産−負債=資本主持分」(資本等式)
・企業主体説
「資産=債権者持分+資本主持分」(貸借対照表等式)
(2)損益項目と利益処分項目の区別
・資本主説
費用項目〜支払利息、法人税等
利益処分項目〜支払配当金
・企業主体説
支払利息と支払い配当金は会計上同じ
(3)資本剰余金の範囲
・資本主説
資本主(株主)が払い込んだ資本にかかわる剰余金に限定
・企業主体説
資本主(株主)以外のものによる資本の補填も資本剰余金に含まれる
(4)連結財務諸表の本質
・資本主説〜親会社説
・企業主体説〜経済的単一体説
継続企業(going concerns)の公準
継続企業における事業活動の継続の見込みにかかわる理論的な前提
*会計上の役割
(1)資産の評価
ex.取得原価基準
(2)費用配分の手続
ex.減価償却
貨幣価値の公準
貨幣の価値は安定しているとみなして会計を行うのか、それとも貨幣の価値の変動を考慮に入れて会計を行うのかという、測定単位としての貨幣の価値にかかわる理論的な前提
財務会計の役割と会計の目的
財務会計の役割
財務会計の本質的な役割
企業における資本の流れとその現状を明らかにする簡素で包括的な会計情報を企業外部に提供し、出資者、債権者、あるいは投資者などの利害関係者が企業に対する資本の提供を積極的に考えることのできるような環境(財務環境)を整えること
株式会社の特徴
(1)出資と経営の分離
(2)株主の有限責任制
(3)株式の自由譲渡性
株主の保護(出資と経営の分離)
株主(owners)の判断および意思決定
(1)取締役の経営責任(stewardship)
(2)取締役の選任
(3)経営方針の承認
*出資と経営が分離していない企業
・出資者として意思決定する必要はない
・企業情報は経営者として直接入手できる
出資と経営が分離している株式会社
株式会社の資本調達が円滑に進むようにするため
株主に対して必要な企業情報を提供し、会社の所有主として適切な判断や意思決定を行うことができるように株主を保護することが必要
債権者の保護
出資者からの出資〜自己資本
債権者からの借金〜他人資本
債権者が信用供与にかかわる判断や意思決定を適切に行うため
相手先企業に関する情報が必要
株主と債権者の利害調整
株主の有限責任制
別の次元において債権者を保護する措置が必要
債権者にとって自己の債権を保全するための唯一の担保
会社の財産
→会社の債務不履行によって損害を被る危険性は相対的に大きい
⇒会社の財産が外部に不当に流出することを防ぐような仕組み
ex.商法の配当限度額
利害調整のための基準として役立つ会計情報の提供
投資者の保護
・株式の自由譲渡性
・公開会社
株式
会社の所有主の地位を表す証券(出資証券、資本証券、持分証券など)
社債
会社の借金を表す証券(債務証券、負債証券、債権など)
投資者
証券市場という場を介して証券発行会社に対して利害関係を持つ広範囲の人々を意味する概念
・会社の将来性を判断し、株主や社債を購入すべきかどうかを意思決定
・会社の将来性を判断し、現在保有している株式や社債をこのまま保有しつづけるべきか、それとも売却すべきかという意思決定
株式会社が証券市場を通じて資本の調達を円滑に行うため
社会に対して広く企業情報を開示し、証券投資について適切な判断や意思決定ができるように投資者を保護することが大切
証券市場それ自体の公正な運営と発展にも大きな役割を果している
意思決定情報としての有用性(operational
accounting)
人が自己の判断や意思決定を情報に基づいて適切に行おうとする場合、その情報の少なくとも一部として会計情報が役立つこと
財務会計が提供する会計情報
企業に関する情報のすべてではない
一つの主要な情報源
企業の利害関係者にとって適切な判断や意思決定を行うための情報として有用性をもっている
自己責任の現実性の基礎
・適切で信頼できる情報が十分に利用できること
・利用者はその情報の内容を正しく理解できる能力をもっていること
→会計情報が人々の自由な判断や意思決定を支える情報として役立つことを意味
利害調整基準としての有用性(equity accounting)
人々の間に生ずる利害の対立を一定の基準に基づいて調整(コントロール)しようとする場合
そのような基準の一部として会計情報が役立つ
・商法による利益配当への規制
・法人税法などによる会計情報(会計数値)に基づいた課税所得計算
<参考文献>
石川鉄郎「現代会計理論序説」『商学論纂(中央大学)』第44巻第5号、2003年3月