英米型会計規制の信念としての意思決定有用性アプローチ

−我が国はそれとどう付き合うべきか−

はじめに

基準調和化の進展の先導

英米の基準設定機関とその周辺の関係者

我が国における基準調和化

広い意味での「外圧」に促される形

英米型会計規制の信念としての意思決定有用性アプローチ

制度派理論の諸概念と分析方法に依拠しながら考察

反証できない理論としての意思決定有用性アプローチ

故・太田哲三教授:科学としての会計学のあり方

「理論なき至上命令に従うのは信仰以外にはない。それは宗教においてのみ許されるものであって、科学とは遥かに遠いものである。その神秘にメスを入れて、それを分解し分析する努力を払うことにこそ学者の使命である」

 ↓ポパーの科学哲学

「反証可能を欠いた理論は、科学ではなく、疑似科学である」

「基礎的会計理論」として採用された意思決定有用性アプローチ

→反証可能性を欠いた理論

意思決定有用性アプローチ

会計を一つの情報システムとみなした上で、その基本的な機能を、「経済的意思決定に有用な情報を提供すること」と想定する会計理論

AAA1966)によってはじめて公式的に定式化

  ↓

FASBIASB等によって基準設定のための基礎的会計理論として採用

 

アメリカの事例

SFAC142号『のれん及びその他の無形資産』

企業結合会計(SFAC141号):パーチェス法に一元化

FAS142号でパーチェス法の採用から生じるのれんの非償却(内生のれんの一部資産計上)

  ↑理由

現行の会計モデルと利用可能な評価技法の制約の下では、のれんの非償却が最も有用な財務情報を提供することになる

  ↓

「有用性」の有無や程度は、どのようにすれば識別できるのか

→主張の真偽をテストすることは不可能

「有用性」の評価規準

「目的適合性」、「信頼性」の質的特徴

→いずれも操作性を欠いた抽象的価値概念

 「有用性」のテストには何ら貢献しない

FASB

・どのような会計処理であれ、「有用な財務情報を提供することになる」と宣言しさえすれば、客観的資料に基づくテストや論証に煩わされることなく、当該会計処理を基準化することができる

・独自の統計的手法を用いてFASB基準書の「有用性」をテストしてきた1970年代後半の膨大な数の実証研究の成果を、ほとんど無視しつづけてきた

→意思決定有用性アプローチの「暴走」は明らか

基準設定者たちの信念としての意思決定有用性アプローチ

疑問

・基準設定のための基礎的会計理論としての地位を保持し続けているのは、一体なぜか

・国際的ディメンジョンにおいてその影響力をむしろ拡大しつつあるのは、一体なぜか

整合的な回答として

理論でなく、言葉の本来的な意味での「信念」(信仰)と見る英米の基準設定者たちに広く共有されている「暗黙知」と見る

*制度

 人々が政治・経済・社会・組織などの領域でゲーム的な相互作用をするうちに浮かび上がり、当たり前と誰にでも受け取られるようになった自己拘束的なルール

科学的な「正しさ」を備えているからではなく、信念として英米の基準設定者たちに広く共有されているからこそ、基準設定のための基礎的会計理論として四半期以上にもわたって機能してきた

  ↓つまり

「経済的意思決定に必要な情報を提供する」べきであるという命題

「正しさ」の証明が不要な信念

制度化された信念

科学による反証を遥かに超越したものとして存在し、経済主体の選択や行動を広く規律している

背景

・英米における市場規律指向型経済システム(ワルラス均衡モデル)への根強い信仰

・意思決定有用性アプローチに基づく会計規制と英米型経済システムの間には「制度的補完性」が作用してきた

・英米の主導する経済のグローバル化を相互補完的に促進してきた

我が国の企業会計への批判の矛先

×ここの規準や情報の不透明性に向けられている

○我が国の会計規制が拠って立つ規範の、彼らにとっての「不透明性」に向けられている

我が国は意思決定アプローチとどう付き合うべきか

(1)制度選択の一般解

ゲーム理論

英米型基準、独仏型基準(期待利得3/2

偶然機構(IASB)を特定のプレーヤー(英米)が直接間接にコントロールする

→特定のプレーヤー(英米)に有利な裁定を下し続ける

英米を常勝とする「ゲーム」(制度)の成立

経済主体の選択に「戦略的補完性」が作用し始める

  ↓

常勝のプレーヤーである英米への同調者が暫時増大し、英米型基準を採用することが安定的なルールとして定着するようになる(当該ルールから離れて行動することは個々の経済主体にとって不利)

⇒独仏型基準に属する我が国も、意思決定有用性アプローチに基づく英米型規制を採用した方が得策であるという制度選択の一般解が導かれる

(2)制度変化のプロセス

どのようなプロセスを辿ることになるか

「同型化」と「分離」

「同型化」

同一の環境条件のもとにある他の(支配的な)組織に似せるために、ある組織をある母集団に押し込める強制的なプロセス

組織が社会における「正当性」を獲得していくプロセス

  ↓しかし

同型化は他面において、既存の自主的ルールの地位を低下させ、場合によってはそれを淘汰してしまう

  ↓回避するため

「体外的なイメージとしてのシステムを、内部の(実態的な)活動プロセスから『分離』しようとする」

分離

組織における形式と実態の分離

・分離によって外来の支配的制度と内部の自主ルールは「緩やかに結合」

・両者の並存状態