情報サービスにおける財務・会計上の諸問題と対応のあり方について
「情報サービスの財務・会計を巡る研究会」:2005年5月〜7月、全6回
情報サービスを巡る会計処理に着目し、情報サービス取引の透明性を高めることに主眼を置いて議論
対応のあり方
内部統制、取引慣行などを含めた幅広い面からの取り組みが必要
公開資料
T 検討の視点
情報サービス
売上規模:14兆円
就業者数:57万人(経済産業省「特定サービス産業実態調査」2002年)
生み出される財やサービスに占めるソフトウェアの割合は今後益々増加
産業としての重要性は一段と高まっていく
情報サービス
取引の複雑性や透明性の欠如等がしばしば指摘
背景
情報サービスの特質に対応した適切な取引慣行が整備されていない
例)「契約締結前の開発作業の開始」
「契約書の内容の不十分さ」
取引によって生じた不測の事態
ベンダーとユーザーの協議によって解決できるという前提で成り立つ取引慣行
→現実的な対応としては不十分
業種別の会計処理
各産業の特質から会計処理が派生し会計慣行として定着していく
着眼点
情報サービスを構成し、あるいは情報サービスによって提供される、ソフトウェアに共通する特質に着目することが重要
情報サービス(ソフトウェア)の特質
目に見えない「無形」の価値という財の特質
要求した仕様が「変化」するという取引の特質
U 会計上の課題とその対応
受託開発ソフトウェアを中心に議論
「無形」と「変化」という特質から導かれる会計上の課題
→4つに分類
具体的な検討課題
→10の事象
1 取引や資産の実在性と評価
情報サービス
「無形」
→取引の実在性を客観的に証明する
資産評価において恣意性を排除する
⇒難しい
「無形」である財の存在
「可視化」することが求められる
*「可視化」
ドキュメントを残す→具体化
情報サービスを巡る取引
ユーザーとの力関係によって入手できない書類がある
小口取引においては一部の文書作成を省略する
→ドキュメントを入手し整備する重要性は認識されている
⇒対応が十分ではない
【事象1】 架空売上の発覚
不正取引
情報サービス特有の問題でない
会計基準によって議論される問題でもない
情報サービス企業における不正取引の発覚
社内管理体制の脆弱性が指摘
架空取引を発見・防止するための内部統制の構築が必要
内部統制の構築
承認手続きやドキュメントが十分整備され、架空取引が予防できているかという観点
→販売取引全体の業務フローを見直していくことが必要
通常の売上取引とは異なる取引
例)利益率が著しく低い取引
期末日直後の多額の返品取引等
↑モニタリング
→該当する取引については内容調査を通じて不正取引を発見していく手続き
【事象2】 発注内容が固まらない段階での開発作業の開始
作業開始の承諾や取引が中止や中断した場合の費用負担といった重要事項についての文書による合意をユーザーから得ていない
→本契約に至らなかった場合
仕掛品に計上されたコストをユーザーから回収できず、ベンダーが負担することがある
対応
次の点について合意したものを資産計上できる仕掛品として考え、回収リスクを抱えた状態での仕掛品計上を改めるべき
@ 作業の開始をユーザーが承認
A 本契約に至るまでの期限の明示
B 本契約に至らなかった場合の費用負担方法
【事象3】 ソフトウェアを巡る新たな取引
ソフトウェア
「研究開発等に係る会計基準」に従って会計処理
「収益獲得効果」、「費用削減効果」、「研究開発の終了」といった判断を求められる部分
→恣意性が入りやすい
⇒検討会議あるいは稟議による決裁を通じて会社としての判断を得る
*判断に用いられる資料
客観的なデータ、過去の実績や他社比較など
→恣意性を可能な限り排除する
一つのソフトウェアの複数利用
例)社内利用目的で開発したソフトウェアを複製して販売する
会計基準
単一の目的での開発を念頭に置いている
→複数目的での利用や、あるいは目的を転用した場合の会計処理を明らかにしていない
ソフトウェアの一部の権利の売買
例)特定のソフトウェアを独占して販売できる権利
例)ソフトウェアの改変権など
会計基準
会計処理が規定されていない
取引側
資産計上するにあたっての計上科目と償却期間の考え方
売却側
売却した権利と残された権利と残すとの按分方法についての考え方
→会計基準の中で整理し、具体的な会計処理として明示する必要
2 リスク管理と評価
情報サービス
仕様変更は「自明の理」
変更を前提とした事前合意の必要性
ベンダー、ユーザーともに十分認識されていない
リスク管理の不徹底
ベンダー
プロジェクトの失敗
ユーザー
リリースの遅れや発注金額の増加
品質保証レベルの合意
ベンダーとユーザーとが同じ理解を得ることは難しく、不十分な合意によって認識のズレが発生しやすい
→ベンダー、ユーザーともに特定できないリスクを抱える
⇒リスクを見積もり会計的な手当てを済ませておくという対応が不可能
【事象4】 受託開発に伴う赤字案件の発生
赤字が発生しない仕組み作り
赤字の発生が確実になってしまった場合の会計的な手当てが必要
赤字の発生
現在計上されている仕掛品の一部、もしくは全部について回収できないことを意味する
赤字の金額が仕掛品の金額を超える場合
将来発生するコストについても回収できない部分がある
会計処理すべき損失額の算定方法
将来発生するコストから生じる損失分の会計処理の時期
実務上その取り扱いにバラツキ
開示
棚卸資産から直接控除されるのか、引当金として負債の部に計上するのかといった、具体的な会計処理の明示が必要
*研究会
そう見積もりコストが合理的に見込める場合
↓保守的な観点
損失の判明した時点で損失額全額の計上を求める
【事象5】 アフターコストと収益との期間未対応
アフターコスト
販売の行われた期間において将来発生する費用を予め見積もり、費用計上するべき性質のもの
問題
瑕疵担保責任を負うべき品質・機能についてのユーザーとの合意や、負うべき責任の明確化が難しいなどの問題
→技術的な側面から品質レベルを明確にするための取り組みが期待
バグの発生を全て回避することは技術的に不可能であることや、バグの発生要因は様々であり、全てが瑕疵担保責任を負うべきものでないことなどについてのユーザーの理解を得るような努力も必要
将来発生額の見込み
過去の実績額を集計・分析することによって、過去の実績率をもとに将来の発生見込み額を選定することも一つの方法
3 収益認識
受託開発ソフトの収益認識
「検収基準」が一般的
→「無形」のソフトウェアの「検収」を客観的に確認することは難しい
*品質や機能
ベンダーとユーザー相互の共通認識と理解が必要
双方の間にギャップ
トラブルの発生や代金回収の遅延につながりやすい
「検収」
「可視化」することによって対応
情報サービス
収益認識基準として求められるべきものの明確化
【事象6】 不適切な「検収」による売上の早期計上、ユーザーとのトラブル
「検収書」
検収の事実を文書として可視化したもの
「検収書の入手」と「検収」を混同
→機能や性能が要求水準を満たしたことの認識が不十分なケース
適切な「検収」に向けての努力
→ベンダーだけが対応すべき問題ではない
ユーザーの予算の都合
検収書の発行が早まったり、遅延したりするなど
→適切な時期に「検収書」を入手できない
ユーザー
内部統制の整備を通じて「検収」に対する対応を改善する必要
*研究会
適切な「検収」とそれを補完するための取り組み
・会計基準によって明らかにすべき情報サービスの収益認識条件
「ソフトウェアの検査合格」、「検収書の入手」、「約定金額での代金請求が可能であり、回収見込みがあること」など
・「検収書」に要求水準を満たしていることを確認した旨の記載を入れ、かつ検収権限者から入手することを要求
・「仕様書」、「テスト報告書」、「稼動確認書」といった、成果物の存在や品質を確認したことを証明できるような書類を整備・保存しておくことが、「検収」の事実を補完するためには有効
・長期未請求案件、売掛金の入金状況などから、異常な売上取引の有無をチェックし、売上計上の適否を継続的なモニタリングを通じて検証していくことが求められる
【事象7】 不適切な契約の分割
契約の分割
ベンダー:請負リスクの低減
ユーザー:発注内容を明確にする
→検収単位として独立しない分割
個々の契約ごとに支払いが完結しない分割など
⇒不適切な収益の計上
契約単位ごとに収益が計上可能であるためには
・「要求しよう決定のためのコンサルティング」、「システム設計」、「コーディング作業」といったように、成果物が特定可能であり、ユーザーが検収を行うことができる単位を契約の分割単位とすべき
・分割単位ごとに研修が行われ、引渡が完了する
・後工程の契約や作業が解除された場合でも、全工程の契約や支払いに影響しない
・各契約単位で支払いが行われる
【事象8】 複数要素取引における売上高の計上
情報サービス
一つの契約に、開発作業、保守サービスといった複数の要素が含まれることがある
適正な売上計上
それぞれの要素が公正価値に基づいて売上計上されることが必要
情報サービス
カスタマイズが前提
→ここの公正価値を客観的に説明することが、技術的な観点からも、また実務上の煩雑性の観点からも容易なことではない
通常
契約書において合意された金額が公正価値に近いと判断
情報サービス
内訳を明示しない「一式契約」が締結される
理由
発注内容が決まらない
仕様変更が起こりやすい
→責任の範囲や内容が特定できないばかりか、ここの要素ごとの金額に客観性が見出せないため、収益の不適切な計上につながりやすいという指摘
「一式契約」の禁止
ここの個別要素ごとの金額についてユーザーと合意するよう、契約実務面からの改善が必要
4 複合的事象
【事象9】 売上高の総額表示、純額表示
「商社的取引」と呼ばれる仲介取引
売上を純額表示したほうが取引の実態表す
現行の会計基準
純額表示すべき取引についての明確な定めが規定されていない
売上高の表示についての判断
各企業の裁量
→対応いかんによって売上高の金額が大きく変動する部分
↓企業間の比較可能性を確保する観点
会計基準において判断のよりどころを示す必要
具体的な判断基準
自社のSEが関与しない取引
外注企業の信用力を補完するために取引に介在した場合
【事象10】 「進行基準」による収益認識
現行の会計基準
長期かつ大規模な請負契約
→「進行基準」の採用が認められている
情報サービス
見積もりの精度の低さを理由
→「進行基準」を採用している企業は著しく少ない
「進行基準」
「完成基準」と比較して、収益の認識が原価計算における進捗管理と整合している
↓が必要
原価見積もりの高い精度
プロジェクトマネジメントの徹底による高い進捗管理能力
現行の会計基準
「進行基準」を採用するための具体的な要件までは規定されていない
→原価見積もりの精度向上と、プロジェクト管理体制の構築は必要な要件として会計基準の中でも明示が必要
情報サービス企業
原価見積もりや管理体制を強化し、「進行基準」と「完成基準」が選択可能な体勢を構築しなければならない
参考文献:片倉正美「情報サービスにおける財務・会計上の諸問題と対応のあり方について」『企業会計』Vol.57、No.11、中央経済社、2005年11月