情報サービスにおける財務・会計上の課題について
情報サービス
経済社会活動を支える基盤としての機能
安定性と信頼性を確保することが不可欠
→経済産業省
我が国の情報サービスの実情を踏まえつつ財務・会計の観点からの検討
⇒4つの課題
1.
取引や資産の実在性と評価
2.
リスク管理
3.
収益認識
4.
複合的事象
⇒対応のあり方
6つのポイントを提言
T 我が国の情報サービスの現状と背景
情報サービス産業の現状
売上高:約14兆円
従業員:約57万人
*10年間で市場規模は約2倍
かつては
大規模な金融オンラインシステムにおける「プログラマー」の「マンパワー」の提供
今日では
情報技術の発展などを背景
製造・金融・流通・運輸を始め、医療、行政などの基幹業務を支える
デジタル家電や自動車などにソフトウェアとして組み込まれ、それらの商品・機器・システムの競争力にとって不可欠なもの
様々な産業活動や日常生活を支える業種横断的な重要な機能を果たしている
取引の不透明性
情報サービス
受託ソフトウェア開発、パッケージ・ソフトウェア、情報処理サービス、情報提供サービスなど様々な態様
受託ソフトウェア開発、システム・インテグレーション・サービス
情報サービスの提供者であるベンダーと情報サービスを受けるユーザーとの間で、契約が締結される前に開発作業が開始されることが少なくない
契約書における合意事項が必ずしも十分に具体的なものとなっていない
取引慣行の存在
米国などの実情に比べて、産業としての「成熟度」が低い
我が国の情報サービス
欧米諸国の産業の実情に比べて生産性が低い
国際競争力に乏しい
→原因
我が国の情報サービスの「多階層構造」、優秀なソフトウェア技術者の不足
会計処理
IT関連企業による架空取引問題が表面化した最近の事例などを契機
我が国の情報サービスにおいては適正な取引までも不明朗な会計処理が行われているのではないかという印象
財務・会計上の課題の検討状況
「研究開発費等に係る会計基準」(平成10年)
「銃中政策ソフトウェアの制作費は、請負工事の会計処理に準じて処理する」
包括的な規定のもとで実務処理
「情報サービス産業における監査上の諸問題について」(平成17年)
当面の監査上の留意事項と会計基準の明確化への提言
情報サービスにおける「会計環境の特質」
取引対象のソフトウェアやサービスの実在性
取引の経済合理性
取引価額の妥当性
取引先との共謀などの課題
「無形」で「変化」を伴うという財や取引の特質
↓踏まえた
会計上の取り扱いが適切に定着していく上で明らかにすべき課題は少なくない
「情報サービスの財務・会計を巡る研究会」
主として受託ソフトウェア開発を中心とした我が国の情報サービス財務・会計上の課題の検討に取り組み、適切な会計処理のための対応のあり方についての提言
U 財務・会計上の4つの課題と10の事象
1.取引や資産の実在性と評価
「取引や資産の実在性をどのように評価するのか」という課題
情報サービスの財の特質
「無形」
→取引としての実在性を客観的に証明すること
→その評価について恣意性を排除することが難しい
具体的な事象
@ 架空売上の発覚
A 発注内容が固まらない段階での開発作業の開始
B 新たな取引形態への対応
2.リスク管理と評価
「リスクをどのように管理し、どのように評価するのか」
情報サービスが取引の過程で仕様が変更されることがあるなどの「変化」が生じるにもかかわらず、そのような「変化」の可能性を前提としたリスクの管理やリスクの評価について、ユーザーとベンダーとの間で愚痴的名合意が形成することが容易ではなく、また、その内容も不明瞭であることが少なくないという課題
具体的な事象
C赤字案件の発生
Dアフターコストの見積もり
3.収益認識
「収益をどのように認識するのか」
現行の我が国の会計基準における収益認識の考え方
実現主義に基づいて「財及び役務の提供が完了し」、その対価として「現金または現金同等物の取得」を満たした時点で収益を認識する
↓情報サービス
「無形」の財であって「変化」を避けがたい取引であるために、収益認識についての考え方をより明確にすることが必要ではないか
具体的な事象
E不適切な「検収」
F不適切な契約分割
G複数のサービスから構成される取引における売上高の計上
4.複合的事象
具体的な事象
H売上高の総額表示
I「進行基準」による収益認識
課題の解決には
会計基準の見直しが必要
内部統制の整備・充実
取引慣行の改善
技術的な対応
情報サ―ビス
請負による労働集約型産業として建設業と比較される
「無形」で「変化」を伴うという財や取引の特質は情報サービスにも建設業にも共通する
建設業
契約書の重視、契約・書面によるリスク管理が徹底
作業の進捗によって青果物が「有形」のものになるので検証が可能
建設業のおける会計処理は情報サービスに重要な示唆をもたらす
V 会計処理のあり方(6つのポイント)
1.要求仕様の確定の重要性
情報サービス→「無形」という財の特質
制作されるソフトウェアの要求しようが確定しない限り、成果物を正確に把握することが困難
要求仕様の確定
情報サービスの高度化・複雑化によってますます困難な作業
作業開始前のプロセスが極めて重要
情報照会書
↓
提案依頼書
システクかによって実現したいことを具体的な仕様に落とし込む
↓
見積照会書
ベンダーに見積を依頼
これらの作成と提示
ユーザー自身が行うことが基本
要求しようの決定能力が十分ではないユーザーも少なくない
ベンダーや外部のコンサルタントの助言なども受けながら「協働」の作業で使用を確定していくこと
→ユーザーの制約を克服することが可能
2.契約書の締結の重要性
契約書に記載すべき項目や記載内容のレベルなどを明らかにすること
法律の専門家ではない一般の商取引の当事者にとって容易ではない
「無形」と「変化」に対する取引上の対応について契約書に明示されていない場合
取引そのものが確定されていない
確定される確率が低い取引であるため、適切な会計処理に至らない可能性も高い
「不確実なもの」を「確実なもの」に変えていくには
「不確実なもの」をリスクとして認識しながらベンダーとユーザーとの間での合意を形成し、そのことを書面で明確化することが重要
契約書を締結する前に作業を開始しなければならない場合
合意内容の書面による明確化を徹底するという観点からは「覚書」や「内示書」といった形でユーザーとベンダーとの間での合意を書面にすることが必要
3.原価企画の重要性
契約によって合意事項を明確化する
何を、いつまでに、どのような機能で、どのような水準で、成果物として制作し、どのような状態にして、どのような対価で引き渡すのかなどの重要事項を確定することを意味
→成果物の「原価をつくりも込む」ことが可能となる
原価をつくり込む
必要な機能を最低コストで制作する方法を検討すること
→原価企画
原価企画
VE(Value Engineering)の考え方を取り入れ、利益最大化を原価低減によって達成することを可能
原価構成が確定すること
→成果物を制作するための工程を特定してプロジェクトの推進体制を決定することにも資する
⇒コスト見積の精度を向上させ、発生コストの不確実性を軽減することも可能
4.会計基準の見直しの重要性
契約書を締結して、あるべき取引の流れを意識し、具体化することができた
→会計処理として準拠すべき方法が一定の規範として明らかにされていなければ、取引が的確に会計処理されるとは限らず、また、会計処理としての適正性を検証することもできない
現行の会計基準を見直すことによって更なる明確化が必要と考えられる事項
@ 受託開発に伴う赤字案件の損失の認識及び計上について
A 情報サービスにおける「収益の実現」として満たすべき要件の明確化について
B 適切な契約単位と「検収」の関係の明確化について
C 複数要素を含む契約に関する収益の計上金額について
D 「進行基準」による収益認識の具体的な要件について
E 総額表示・純額表示を行うべき売上高に関する考え方について
F 同一ソフトウェアを複数の目的のもとで、あるいは、転用して使用する場合の会計処理について
G ソフトウェアに付随する権利の売買に関する取得時及び売却時の会計処理について
「進行基準」による収益認識の具体的な要件についての提言の内容
我が国の会計基準:収益計上の方法
「完成基準」と「進行基準」の選択適用が可能
外資系企業を除いて
「進行基準」を採用している情報サービス企業は極めて少数(JISAの会員企業約600社においてもわずかに数社程度といわれている)
米国基準
ソフトウェア開発の収益認識として「進行基準」が望ましい
国際会計基準
原則として「進行基準」によって収益を計上しなければならない
進行基準
「完成基準」に比して原価計算における進捗管理と整合性が優れている
原価見積についての制度などの技術的観点、プロジェクト・マネジメントの徹底などの管理的寒天などについての高い能力が求められる
↓「進行基準」の採用
かえって収益の恣意的な計上につながりやすいのではないかという指摘
「進行基準」の採用が進展しない背景
いかなる要件のもとで「進行基準」の採用が可能であるのかについての考え方が必ずしも明確ではない
情報サービスにおいて「進行基準」を採用するための具体的な要件
@ 請負金額の確定
A 工数見積精度の向上
B 引渡完了時期の明確性
*必ずしも「進行基準」による収益認識が強制されるものではない
5.内部統制の重要性
内部統制の主たる目的
業務の適切な遂行をコントロールすること
財務報告が適切に作成され、開示されること
業務の適切な遂行をコントロールする
情報サービスにおいて、プロジェクト・マネジメントの徹底が必要
「無形」と「変化」という情報サービスの特質
書面によって可視化
しかるべき手続きによる承認をもってコントロールすることが重要
財務報告
会計基準を適用する際に恣意性が入らないように適用の考え方やルールを明確にすること
不正・誤謬を防止し、発見するための「受注承認」や「工数集計承認」といったしかるべき手続きによる承認
異常値の分析やモニタリングといったプロセス
会計処理が適切に行われ、財務報告を導く一連のプロセスにとって内部統制の充実が不可欠
内部統制の充実
ユーザーが業務プロセス全体の見直しと業務フローの書面化を進めていくことが重要
→業務の目的や担当者の職務文章、権限範囲が明確
業務プロセスが可視化される
内部統制の充実
要求仕様のあいまいさを排除し、要件定義の精度を向上させ、早期に仕様の確定に至ることに貢献する
6.政府調達における対応の重要性
政府調達において改善や見直しが必要な取引
@ 契約締結前に開発作業の開始を要求されること
A 「一式契約」が締結されること
B 「予算都合」によって契約が分割されること
C 一部の作業を残して「検収」が行われること
D 検収書を交付しない場合があること
政府自らが政府調達において改善に向けて具体的に取り組むことが必要
情報システムに係る政府調達
国・地方時自体を通じて約2兆円
情報サービスにとって最大のユーザーの地位
行政の主体や業務の再編・再整備、行政サービスの利便性や利用度の向上、アウトソーシングの進展などの最近の政府を巡る環境変化
効率的で信頼性の高いシステムの整備と運用が求められている
情報サービスにとっての課題
経済産業活動の基盤を形成する共通の課題
<参考文献>羽藤秀雄「情報サービスにおける財務・会計上の課題について」『企業会計』Vol.58,No.2、中央経済社、2006年2月