市場と会計―新制度学派経済学による比較分析―

経済制度と取引費用

経済制度

ルールの束

個々の経済活動

現実に存在する様々なルールによって規制される

  ↓ルールのあり方が異なれば

成立する経済制度も異なってくる

新制度派経済学

制度の重要性を実証的に分析するアプローチ

新古典派経済学

需要と供給によって財の価格が決まるという完全競争市場

価格情報のみに基づいて取引の意思決定を行なう

*すべての経済取引に対して市場が合理的な価格情報を提供するわけではない

   ↓有効であるためには

多数の取引者が存在し、活取引に関わるコストが無視できる程度に小さくならなければならない

制度やルールの存在(新制度派経済学)

市場取引に対する摩擦

取引を安定させ継続させるという重要な機能

*経済取引には様々な制約が存在

→取引に対するコスト

取引費用の存在

多様な経済制度を生じさせる

市場の価格メカニズムと組織の会計システム

市場(取引費用の理論)

独立個人間の自発的かつ水平的な取引によって取引費用が節約される場

組織

階層構造による上からの命令に基づいた垂直的な取引によって取引費用が節約される

市場における価格情報

市場に参加する誰もが入手可能

→市場の秩序と効率性が維持

組織

価格メカニズムが機能しない

→代替するような情報が必要

会計

組織において取引費用を節約するための情報システム

市場価格が機能しない企業組織においてそれに代替する擬似的な計算価格を提供する経済制度

取引の場

市場と組織が対置される

取引のコントロール・メカニズム

価格メカニズムと会計システムが対置される

市場

需要と供給によって財の価格が決定

組織

一元的な価格が存在せず

会計基準や計算方法の相違によって様々な計算価格が算出

ex)取得原価主義or時価主義

時価会計

売却価値、再調達価値、割引現在価値など複数の評価方法が存在

市場が完全であればこれらは一致するはずであるが、現実に一致しないのは、取引費用が存在するから

会計

会計基準なきところ、どの会計情報が正しいかは判断できない

一物一価の法則は成立しない

限定された合理性と機会主義的行動

人間行動についてどのような仮説を設定するか

経済理論の構築において極めて重要

合理的モデル

効用極大化や主体的均衡を前提に、市場において効率的に財の価格が決定される

新制度派経済学

明示的であれ暗黙的であれ、限定された合理性のモデルが人間行動仮設として採用されている

限定された合理性

合理的であろうと意図されているが、限られた程度でしか合理的ではありえない人間行動のこと

個々の人間

出来る限り合理的に行動しようとするが、物理的にはなりえない

人間行動の合理性に限界が存在

意思決定において不確実性やリスクの分析が必要になる

→それを支える制度の役割が重要

会計制度のあり方

合理性の限界と密接に関連

限定された合理性と密接不可分な行動仮説

機会主義的行動

機会主義的行動

人間は目先の利益を追求するために(長期的には帰って不利になりかねない)不誠実な行動をとってしまうという行動仮説

→限定された合理性と極めて整合的なもの

合理性の限界部分を論理的に補うもの

*人間行動が完全に合理的であれば、機会主義的行動は起こりえない

不正経理問題

確実に摘発されることがわかっていたら、誰が不正経理に手を染めるだろうか

市場

取引費用は小さくなる

機会主義的行動が頻繁になされるようになると市場の取引費用が大きくなる

→取引の場が組織によって代わられる

取引費用のかさむ市場取引

特定目的の設備など汎用性の低い固定資産や国際貿易のように市場が完備されていない財の取引など

内部化されることによって取引費用が節約される

近視眼的な機会主義的行動が抑制される

中間組織とクラン

日本経済の特徴

市場と組織の相互浸透そして成立する様々な中間組織形態

ex)旧財閥系の企業集団や、個々の大企業を核とした企業グループ及び系列、さらには長期的な企業間の相対取引関係といった現象

中間組織

取引がより長期的に安定して維持されるので、機会主義的な行動が回避され、取引費用が節約される

内部組織

・官僚組織

西洋の近代社会において典型的にみられるもの

階層構造になっており、明確なルールによって支配されている

より計算合理的な意思決定

典型例が株式会社組織の企業
経営には会計情報が不可欠
アングロサクソンの経済制度
会計を資本主義のルールとして極めて重要視する

・クラン(血族集団型組織)

信頼指向の組織

合意による意思決定が重視

公式化された情報や定量化された情報の重要性は低く、より非公式で定性的な情報が重宝される

市場の明確な価格メカニズムや官僚制組織の計画なルールを欠いており、社会的に規定された行動に対する高いレベルのコミットメントを必要とするため、幅広い範囲の価値や信念についての合意が不可欠

明らかに市場や官僚制組織よりも多くを要求するもの

組織への全人格的コミットメント

明確なルールが避けられる

→会計システムの機能はどうしても二次的なものにならざるをえない

日本の会計制度(以前)

本社のみの個別決算

取得原価主義

キャッシュフロー計算書は作成されずに損益計算書の経常利益が重視

国際会計基準

コストのかさむ制度

機会主義的行動の抑止などそれに見合うだけの便益が得られるもの

経済学

個人の原始的な行動がベース

日本企業

分析単位として個人が有効であるとは必ずしも限らない

日本での分析単位

グループなどの集団単位

日本の構造改革と会計制度

日本の伝統的な経済特性

純粋の市場取引よりも中間組織による取引

官僚制組織によってフォーマルにコントロールされる取引よりもクラン指向のよりインフォーマルな取引

機会主義的行動が問題とならず、会計に代表される成文化されたルールはそれほど社会的重要性をもってこなかった

中間組織が選好

資金調達

資本市場による直接金融よりもメインバンクを通じた間接金融が先行されてきた事実

クラン型組織が選好

計算合理的な情報がビジネスの現場においてあまり重視されてこなかった

設備投資の意思決定

DCF法や将来のリスクを確率論的に定量化するリスク分析などの精緻な財務意思決定技法(欧米企業)

ほとんど採用されてこなかった(日本企業)

ルールに則った意思決定よりも、人と人とのよりフェイス・トゥ・フェイスな意思決定が重視されていた

日本の構造改革

1における下側のセルから上側のセルへと取引様式及びそのコントロール・メカニズムを移行

時代に適応した取引費用の低い経済を実現させること

 

<参考文献>

山本昌弘「市場と会計―新制度派経済学による比較分析―」『経済セミナー』No.591、日本評論社、20044