社会主義市場経済における中国企業会計制度 ―その課題と展望―
中国のWTO加盟
中国自身がWTOの基本理念である「自由な世界貿易の拡大」を認めたことを意味
自らを激烈な国際競争の場(資本主義経済のメカニズム)で、今後の生き残り策を求める決意
WTO加盟への対応
国内の諸制度をその変化に対応すべく整備・再構築していかねばならない
国内問題の最大の課題
・国有企業の株式会社化
「社会主義市場経済」の成否
↑深く関わりを有する制度的側面の一つ
中国企業会計制度
「社会主義市場経済」の歴史的経緯
1992年10月の中国共産党第14回大会
「社会主義市場経済」という概念の誕生
中国の政治・経済の歴史に一つの転機をなした重要な大会
・社会主義…計画経済
・資本主義…市場経済
→両社は相容れぬ対極にある
「社会主義市場経済」
二つを結合
中国経済の進むべき方向
57民族からなる12億人超の大国
政治的には「社会主義」により統一
経済的には「市場経済」の導入により経済成長を確保
⇒「社会主義市場経済」概念の創造となって具体化
「社会主義市場経済」なる概念
概念の理論的進化は必ずしも成功していない
「過渡的概念」に終わる可能性
改革・開放路線とケ小平
1976年9月9日:毛沢東の死
硬直したイデオロギーに支配・運営されてきた中国経済の大きな路線転換の契機
ケ小平の登場
疲弊した中国経済の立て直し
「経済先行」政策の開始
1978年12月:中国共産党第11回大会第3次総会
「全党全国の工作中心を来年から社会主義近代化建設に移行する」と決議
「社会主義市場経済」の淵源をなすものと位置付けられる
「改革・開放」の第1段階
農村部における「人民公社」の解体
1984年10月:中国共産党第12回大会
「改革・開放」の重点を都市部に移した
計画的商品経済を公認
「改革・開放」の第2段階
1987年10月:中国共産党第13回大会
「社会主義の初級段階にある」との位置付け
資本主義固有のものとみなされていた「私営企業や株式配当」に関し合法的地位を付与
1988年:「沿海地区経済発展戦略」を策定
→「改革・開放」政策は一気に加速・全開の様相
「改革・開放」の第3段階
「改革・開放」の一段の加速
急激な高度成長政策
インフレ・パニック
大きな所得格差
改革の果実を不当に手中にする「倒爺=ブローカー」や「官倒=官僚ブローカー」が発生
1989年6月
天安門事件
1990年12月19日
上海証券取引所開設
→中国経済が資本主義の経済メカニズムを真正面から受け入れたことを意味
1992年の年頭から夏にかけて
「南巡講話」
1992年10月:中国共産党第14回大会
「社会主義市場経済」を公式に使用
中国経済が全面的に「市場経済化」に向けて邁進していくことを宣言
「改革・開放」の特徴
・経済優先
・世界の潮流への適確な対応
改革・開放路線の特徴
史的唯物論
「下部構造は上部構造を規定する」との命題
「改革・開放」の進展
その上に奉載する共産党一党支配体制を弱体化させる
社会主義市場経済とWTO加盟への米中二国間合意
1999年11月15日:WTO加盟への米中二国間の合意
中国の「社会主義市場経済」が新たなる段階に突入したことを意味
EX)
外国人に対するホテル、航空運賃等の差別的二重価格の廃止
外国銀行の人民元取り扱い制限の解除
自動車に関する輸入関税100%→50%
注目すべき一項目
「WTO加盟二年以降に通信分野の外資出資比率を50%まで認める」との合意
*中国は合弁企業の設立に関し、最低51%の過半数の株式所有に固執してきた経緯
→「社会主義市場経済」の次なるステージへの移行を暗示
1993年の中国企業会計制度改革
1993年7月1日:企業会計制度の改革を実施
「企業会計準則」および「業種別企業会計制度」の施行・実施
*1992年10月の中国共産党第14回大会において「江沢民報告」で明示された「社会主義市場経済」の企業会計制度面における具体化
「企業会計準則」誕生の経緯と概要
「改革・開放路線」の成功
経済の下部構造を変質・流動化
企業の資金需要は株式制による資金調達
外資との合弁企業設立の認可
→「社会主義公有制」に合致し得なくした
「社会主義公有制」
→経済においては公有制を主体とする
前提:生産手段の100%公有
従来の中国企業会計における「資金の運用=資金の源泉」で表示されたいわゆる「資金等式」
変化した企業資本の調達の前にその有効性を喪失
「改革・開放路線」の進展
それまでの理論および制度の修正・改革を不可避とした
「企業会計準則」及び「業種別企業会計制度」の誕生
背景:中国経済の大きな発展とそれに伴う経済構造の変質
「企業会計準則」の概要
1993年7月1日に施行
「法律」としてその存在を明らかにした点(留意)
→国家の主導の下に制定されたことを意味
一定の「強制力」を付与
構成
全8章・全64条文と附則
内容
日本でいうと、会計原理と企業会計原則を統合したようなもの
「企業会計準則」の概要
[T]総則
第1章 総則
(1)企業会計準則制定の目的と根拠(第1条)
(2)企業会計準則の適用範囲(第2条)
(3)企業会計準則の制度的意義(第3条)
(4)会計計算の基礎的前提―会計公準―(第4〜7条)
(5)帳簿記入の方法―複式簿記の採用―(第8条)
(6)使用する文字(第9条)
[U]一般原則
第2章 一般原則
(1)真実性の原則(第10条)
(2)関連性の原則(第11条)
(3)比較可能性の原則(第12条)
(4)継続性の原則(第13条)
(5)迅速性の原則(第14条)
(6)明瞭性の原則(第15条)
(7)発生主義の原則(第16条)
(8)費用収益対応の原則(第17条)
(9)慎重性の原則(第18条)
(10)取得原価の原則(第19条)
(11)資本取引と損益取引区別の原則(第20条)
(12)重要性の原則(第21条)
[V]会計要素に関する規定
(1)第3章 資産(第22条〜第33条)
(2)第4章 負債(第34条〜第37条)
(3)第5章 所有者持分(第38条〜第43条)
(4)第6章 収益(第44条〜第46条)
(5)第7章 費用(第47条〜第53条)
(6)第8章 利益(第54条〜第56条)
[W]財務諸表作成に関する規定
「財務報告」 (第57条〜第64条)
B/S、P/L、財政状態変動表、連結財務諸表等の作成と注記方法等を規定
附則
「企業会計準則」の解釈責任は財務省にあると規定
「企業会計準則」施行の歴史的意義とそこに内在する問題点
「企業会計準則」の施行(企業会計理論の観点)
「資産=負債+資本」の貸借対照表等式を中国企業会計制度が全面的に導入したこと
↓かかる事実
中国の実体経済が硬直した「生産手段の公有制」から乖離してしまっていた証左
貸借対照表等式の導入
複式簿記による記帳の統一化
原価計算制度の採用
法定準備金制度の導入
→計画経済に企業会計制度の面からも決別を告げたもの
「企業会計準則」に社会主義的色彩
「資本の部」が「所有者持分」と表示される点
「土地」そのものの勘定科目が存在しない点
→「土地」そのものの「私的所有」を認めていない
中国の「工業企業会計規則」等に例示されている貸借対照表様式による「資本の部」
<所有者持分>
資本金 ×××
資本準備金 ×××
利益準備金 ×××
未処分利益 ×××
所有者持分計 ×××
中国財務省編の「中国企業会計準則解説」
「所有者持分なる用語は、中国会計制度において初めて今回使用された。所有者持分とは投資者の企業の純資産に対する所有権を指し、企業の資金源泉の大きな部分を占める。ここでいう純資産とは総資産から負債合計を引いた部分である。」
「企業会計準則」でいう「所有者持分」
我が国等で使用している「資本の部」と同様
再検討課題(国際会計慣行の流れの観点から)
@資産評価規定の問題点
原価法を規定しているのみ
「低価法」適用の余地なし
時価が著しくて低下した場合の「強制評価減」の規定の存在しない
→「含み損」を内包したままの財務諸表となり国際会計慣行から大きく乖離した状態
A外貨換算規定の新設の必要性
B連結範囲の拡大の必要性
「企業会計準則」第63条
「長期投資のうち、その所有割合が被投資企業の議決権の過半数となる場合は、持分法により連結財務諸表を作成する」
連結範囲の判断基準
「所有比率基準」
長所:客観性の面
短所:機械的判断だけでは企業集団の実態を正確には把握できない
国際会計慣行の流れ
「所有比率基準」から「支配力基準」へ
「業種別企業会計制度」の意義と概要
1993年7月1日:実施
「所有性別・業種別企業会計制度」を改正
「企業会計準則」に合致するように内容を改めたもの
「生産手段」の所有形態別かつ業種別に細分化されていた「企業会計制度」の統一化
「業種別企業会計制度」が「企業会計準則」施行後も必要?
理由
中国の政治・経済システムが「社会主義体制」のフレームワークの中に存在しているため
「社会主義市場経済」の限界
会計情報
当局にとって経済情報の主要部分
会計情報の厳密性が強く求められる
「所有性別」の枠は取り去った
「業種別企業会計制度」の存続は、譲れぬ一線
「業種別企業会計制度」の概要
企業の業種を13種類に分類
財務諸表に用いる勘定科目とその表示方法を指示したもの
@工業企業会計制度
A運輸(交通)企業会計制度
B不動産開発企業会計制度
C商品流通企業会計制度
D建設企業会計制度
E農業企業会計制度
F観光、飲食サービス企業会計制度
G運輸(鉄道)企業会計制度
H郵便通信企業会計制度
I金融企業会計制度
J保険企業会計制度
K運輸(民間航空)企業会計制度
L対外経済合弁企業会計制度
「業種別企業会計制度」の制度的意義
「総説」(一)
「企業会計準則を実施し、当該企業の会計実務を規制するため、本制度を制定したのである。」
業種別企業会計制度
「企業会計準則」の具体的実施面における指針・解説の機能
→両者は一体として1993年中国企業会計制度の根幹をなすもの
・「企業会計準則」
企業会計の実践模範
・「業種別企業会計制度」
企業の会計実務において使用する勘定科目と財務諸表作成に関する実務の指針・細則
「企業会計準則」と「業種別企業会計制度」との間に内在する問題点
「企業会計準則」の適用範囲(第2条)
「中華人民共和国に存在するすべての企業」
「業種別企業会計制度」
13業種の限定された「特殊業種」の企業のみに適用
問題
13業種のいずれにも該当しない業種の企業
如何なる「会計規定」に従えばいいのか
企業のコングロマリット化
複数の業種を営業活動の対象とする企業の増加
→採用すべき「企業会計制度」はどのように選択するべきか
業種別企業会計制度
国際会計慣行である「経理選択の自由」を無視
中国企業会計制度の「統一化」
「業種別企業会計制度」の一元化が不可避
中国企業会計制度
現在、発展途上・過渡期
「社会主義市場経済」と中国企業会計制度の今後の課題と展望
「社会主義市場経済」の行方
「社会主義市場経済」
中国経済を大きく成長させたこと
貿易収支の推移
1990年
輸出額:620億9100万ドル
輸入額:533億4500万ドル
1996年
輸出額:1511億9700万ドル(2.4倍強)
輸入額:1389億4400万ドル(2.6倍強)
この間の貿易収支はいずれも黒字
1997年末の外貨準備高
日本についで世界第2位(1433億6200万ドル)
中国経済
世界経済のシステムのなかに完全に組み込まれたことを意味
→「社会主義市場経済」の成功
「社会主義市場経済」の一段の加速
経済が「レッセ・フェール(自由放任)」に限りなく近づく
民間企業が主役になる
社会主義の基盤である国有企業が民間(=株式会社)へと移行せざるを得ない状況
「社会主義公有制」概念の変質
1997年9月:中国共産党第15回大会
「社会主義市場経済」における表記「概念」の見直し・拡大
EX)
株式会社の発行済み株式総数の2分の1超を国家が所有することを不要とし、国家が株式会社の意思決定の実験を掌握していれば「公有とみなす」とする見解への転換
「個別企業においては、国有株式は30%以下でもよい。15%以下でもよい。要は当該企業に対する実質的支配権を握っている限り、『公有を主とする』といえるのである」
⇒「社会主義公有制」を放棄するに等しい決定
大中規模の国有企業の経営形態を「株式会社制」とすべきことおよび優勝劣敗による企業のとうたを容認(市場原理の徹底)
「公有制」の概念の拡大
「社会主義市場経済」と資本主義経済体制との相違は「沿い謡的なものであるに過ぎないと表明したもの
市場原理優先への限りない接近
中国企業会計制度の課題と展望
企業経理のディスクロージャー制度の整備
市場原理が有効に機能するための最も重要な要件
「企業経理の公開」
資本市場の形成
規制主義から開示主義への転換
ディスクロージャー制度の構築
会計監査制度の整備・拡充
「公認会計士条例」(1986年7月3日)
公認会計士による会計監査制度は有効に機能していない
<参考文献>
増田正敏、買嘩「社会主義市場経済における中国企業会計制度―その課題と展望―」『東京国際大学論叢 商学部編』第61号、2000年3月