会計原則設定史からみたFASB概念フレームワークの諸特徴
概念フレームワークの設定にあたりFASBが先行諸原則の成果をどのように継承・摂取してきたのか
概念フレームワークの論理構成
概念フレームワーク
5種類(形式的には6種類)のSFACから構成されている
財務報告の目的
SFAC,No.1
「経営的・経済的意思決定を行ううえで有用な情報を提供すること」
「現在および将来の投資者・債権者およびその他の情報利用者が合理的な投資、与信およびこれに類する意思決定を行ううえで有用な情報を提供」
会計情報の質的特徴
SFAC,No.2
財務報告の目的が「どのように達成されるべきか」
→会計情報を有用なものにする「会計情報の質的特徴」
↓質的特徴にもとづいて
「有用な会計情報を有用でない会計情報が区別される」
認識規準との関連で重要な意味を有する
「意思決定に固有の基本的特性」としての目的適合性と信頼性
目的適合性
「情報利用者が過去、現在および将来の事象から生じる結果について予測を行い、あるいは事前の期待を確認または訂正するさいに、これを支援することによって意思決定に影響を及ぼす情報能力」
信頼性
「情報が、誤謬や偏向を含まず、また、それが表現しようとするものを忠実に表現していることを保証する情報の特徴」
財務諸表要素の定義
SFAC、No.6
「投資、与信、および資源配分上のその他の意思決定に関わる、したがって財務報告に関わる、経済的事項および事象を対象にしたものである」
「そうした経済的事項および事象に関する情報の意思決定有用性は、当該情報の目的的合成のみならず、財務諸表における財務的表現の信頼性にも依存している」
財務諸表における認識と測定
SFAC,No.5
「いかなる情報をいつ財務諸表に正式に記載するべきかを判断するための基本的認識規準および指針」
・基本的認識規準
・
定義
・
測定可能性
・
目的適合性
・
信頼性
測定可能性
当該項目が十分な信頼性を持って測定できる目的適合的な属性を有すること
SFAC,No.5:諸概念を認識問題一般に適用するべく、これらの諸概念を集大成したもの
上掲の4つの認識規準は「あらゆる認識決定に適用」され、また、それら4つの認識規準を満たす「項目および当該項目に関する情報」は財務諸表に正式に記載されるのである
意思決定有用性アプローチの系譜とその理論的含意
意思決定有用性アプローチ
財務報告の目的を「経済的意思決定をおこなううえで有用な情報を提供すること」に求める会計理論ないし理論的アプローチ
概念フレームワークの形成を支える基礎的会計理論
(1)意思決定有用性アプローチ
ASOBAT(1966)
公式的会計理論としてはじめて定式化した文献
・会計
「情報利用者が事情に精通して判断やしい決定を行うことが出来るように、経済的情報を識別し、測定し、伝達するプロセスである」
トゥルーブラット報告(1973)
「機能的フレームワーク」として展開
アメリカ会計原則にみる会計情報の評価規準
ASOBAT(1966)
会計情報規準
1. 目的適合性
2. 検証可能性
3. 不偏性
4. 数量可能性
トゥルーブラット報告(1973)
報告の質的特徴
1. 目的適合性
2. 重要性
3. 実質優先性
4. 信頼性
5. 不偏性
6. 比較可能性
7. 一貫性
8. 理解可能性
ASOBAT→トゥルーブラット報告→SFAC,No.1−2という系譜をたどって継承・展開されてきた
(2)意思決定有用性アプローチの理論的含意
情報利用者による将来予測
有用性
最高の規範的価値
SFAC,No.1
有用な情報
「当該企業が受領するであろう将来の正味キャッシュ・インフローの金額、時期、不確実を投資者、債権者およびその他の情報利用者が評価するうえで役立つ情報」
↑
情報利用者が投資等の諸活動を通じて受領するであろう将来の正味キャッシュ・インフロー
企業が受領するであろう将来の正味キャッシュ・インフローに依存しているから
情報利用者による将来予測に焦点を当てた概念
有用性の含意を会計情報の質的特徴として定式化したもの
ASOBAT
情報の有用性
情報利用者の現在の関心ごとに関わる不確実性を軽減する当該情報の能力に依存する
トゥルーブラット報告
投資者および債権者が受領するであろう潜在的キャッシュ・フローの金額、時期、不確実性を予測し、比較し、評価する上で有用な情報を彼らに提供すること
情報の硬度の後退
「表現と現象の一致」
必然的に、「将来」に関する見積りや判断に大きく依拠した規準とならざるをえない
「将来」に関する見積りや判断が会計的認識・測定に強く作用すればするほど
→情報の「硬度」はそれだけ後退していく
SFAC,No.2
「事情に十分精通した情報利用者」を前提
正確でない測定値にもとづいているということを理解している情報利用者
信頼性や忠実性の規準
見積りや判断に依拠した「軟らかい」情報の提供を容認・推奨する規準として機能
ASOBAT
目的適合性と検証可能性のトレードオフ関係
歴史的原価情報と時価情報による「多元的評価報告書」
トゥルーブラット報告
「実質優先性」
「形式」重視の会計規制からの離脱の必要性
財務諸表要素の定義とその体系
認識規準としての定義
「財務諸表の内容を決定する際の最初の重要なスクリーン」をなすもの
(1)概念フレームワークにおける定義
SFAC,No.6
資産
過去の取引または事象の結果として、特定の実体によって取得または支配されている、発生の可能性の高い将来の経済的便益
資産の特徴
@将来の経済的便益
「資産の本質」
A特定の実体による支配
特定の実態の支配が及ばない将来の経済的便益を特定の実態の資産から排除
B過去の取引または事象の発生
将来の資産が有する将来の経済的便益を現在の資産から排除
A、B
将来の経済的便益を資産として「限定」するための制約条件
負債
過去の取引または事象の結果として、特定の実体が将来他の実体に資産を引き渡し、あるいは用益を提供する現在の義務から生じる、発生の可能性の高い将来の経済的便益の犠牲
負債の特徴
@将来の経済的便益の犠牲
「負債の本質」
A特定の実体の義務
特定の実体の義務ではない将来の経済的便益の犠牲を特定の実態の負債から排除
B過去の取引または事象の発生
実体の将来の義務を現在の負債から排除
A、B
将来の経済的便益の犠牲を負債として「限定」するための制約条件
持分
実体の資産から負債を控除した後の残余請求権
包括利益
所有主以外の源泉から生じる取引その他の事象および環境要因による一期間における営利企業の持分の変動
・収益および利得
包括利益の積極的内訳要素
・費用および損失
包括利益の消極的内訳要素
(2)定義の体系とその理論的含意
資産の本質を基礎概念とする定義の体系(資産負債アプローチに基づく定義の体系)
経済的便益(資産)
↓
将来の資産の犠牲(負債)
↓
資産から負債を控除した後の残余請求権(持分)
↓
持分の変動(包括利益)
↓
包括利益の内訳要素(収益、費用、利得、損失)
資産の本質が提示された後に、当該本質を基礎概念としながら、その他の財務諸表要素の定義が演繹的に導き出されている
財務諸表要素の本質
資産の本質である将来の経済的便益に収斂する
1957年改訂会計原則
会計原則の理論的基盤をなす基礎概念または会計公準を積極的に表明している
資産の本質
用役可能性
1962年会計原則試案
資産の本質
期待される将来の経済的便益
資産の本質を経済的便益概念によって基礎付け、そこから財務諸表要素の定義の体系を導くという基本的論理構成(一致)
・
1957年改訂会計原則
・
1962年会計原則試案
・
SFAC,No.6
資産の経済的本質を基礎概念とする定義の体系
1957年改訂会計原則→1962年会計原則試案→SFAC,No.6
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1957年改訂会計原則
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1962年会計原則試案
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SFAC,NO.6(1985)
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資産
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用役可能性
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将来の経済的便益
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将来の経済的便益
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負債
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・・・
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・・・
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将来の経済的便益の犠牲
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持分または正味資産
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残余請求権
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残余請求権
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残余請求権
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利益
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正味資産の変動
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所有主持分の増減
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持分の変動
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*用役可能性概念の会計学的意義(W.J.Vatter)
「資産の用役概念は、資金理論における用語の中心に位置するものである。基本的に、資金は、ある種の機能目的、例えば、経営管理目的、企業家的目的、社会的目的のために結合された用役可能性の集合体である。会計理論の全体構造が内容の同質性を保持するべきであるとすれば、会計学上のその他の用語はすべてかかる資産概念に関連付けられなくてはならない。」
定義の理論的含意
SFAC,No.6
実体が特定の資産を有しているか否か
→将来の経済的便益が存在しているか否かにてらして決定
実体が特定の負債を有しているか否か
→将来における経済的便益の犠牲による決済を必要とする法律上の義務、衡平法上の義務または推定上の義務が存在しているか否か
(1)資産・負債の本質を将来の経済的便益ないしその犠牲と規定
→将来の経済的便益やその犠牲を表さない項目(計算犠牲項目)を資産・負債から排除
(2)取引に伴う現金授受の有無等を資産・負債の特徴から除外
→資産・負債の潜在的範囲を、伝統的会計実務の元で会計的認識の対象外に置かれてきた諸項目にまで拡張
1957年改訂原則
二元的論理構成
・経済的便益概念に依拠した新しい定義の実践的意義を力説
・会計的認識・測定の「基準」としては、極めて厳格な内容
→「実現」が依然として重視
1962年会計原則試案
すべての資産(および負債)ならびに客観的に把握できる(資産・負債)すべての変動が認識されるべき
→「実現」の意義が明確に否定
会計の主たる関心事
現実的な諸要素、資産・負債の変動、ならびにそれらの変動に関連する利益への影響を認識・測定すること
意思決定有用性アプローチと定義の体系の接合と総合
意思決定有用性アプローチ(ASOBAT→トゥルーブラット報告→SFAC.No.1−2の系譜を貫流する規制思考)
↓↑どのような関係?
定義の体系(1957年改訂会計原則→1962年会計原則試案→SFAC.NO.6の系譜を貫流する思考)
用役可能性、期待される将来の経済的便益、将来の経済的便益
↑
「キャッシュ・フローの潜在力」を実質的内容とする概念
→意思決定有用性アプローチにおける「キャッシュ・フロー指向」を具現化した概念
SFAC.No.6
将来の経済的便益
将来の正味キャッシュ・印フローに直接的または間接的に貢献する能力
→最終的には、当該企業への正味キャッシュ・インフローに帰着する
1957年改定会計原則、1962年会計原則試案
将来の経済的便益
「将来の正味キャッシュ・インフロー」として認識・測定されるべきもの
意思決定有用性アプローチと定義の体系の理論的な結節点
「将来キャッシュ・フロー=将来の経済的便益」指向
定義の体系の背後
「正しい機能」を確保しようとする独自の規制指向が伏在している
⇒論理的アプローチ
論理的アプローチ
会計報告および会計書類が不当な影響や変更によって阻害されてはならない
1962年会計原則試案
会計
・競合する各種の利害関係者の要求のもとで自らの中立性を維持することによって、現実的な力を獲得する
・利益の分配可能性や課税可能性に関する諸政策のような、会計人の影響力を超えた要因によって基本的に決定される諸政策を単に合理化する
利益
・「企業実体に正味資源の増加関数」である以上、会計の「正しい機能」は「すべての資源およびそのすべての変動を測定する」ことによってのみ確保される
→情報利用者の個別的利害に左右されることなく、現に「ある資源=資産」とその変動を認識・測定することこそが会計の「正しい機能」
規範的「倫理」の観点から、将来の経済的便益に焦点が当てられている
意思決定有用性アプローチ
情報の意思決定有用性を確保・改善するべく、現に「ある資源=資産」との変動の認識・測定が、いっそう普段に要請される
定義の体系と意思決定有用性アプローチ
それぞれの規制指向を相互に増幅・補強し合う形で接合している
情報の硬度の後退
会計規制の緩和ではなく、むしろその強化
概念フレームワーク
二つの潮流
・ASOBAT→トゥルーブラット報告による潮流
・1957年改訂会計原則→1962年会計原則試案にみる潮流
→一つの枠組のもとに総合した、指導原理的会計原則の今日的到達点
<参考文献>
藤井秀樹『現代企業会計論』森山書店、1997年9月