財務会計研究の伝統
財務会計の性質とその起源
財務会計
ある組織体の経済活動を測定し、要約し、そしてその組織体の外にある主体に伝達するプロセス(企業所有者への財務報告)
会計実務
株主および債権者の保護に関心をもつ政府当局と会計実務家によって形作られた
政府当局や専門的団体が会計実務に及ぼす影響
それらをとりまく経済的・社会的・政治的状況というさまざまな環境要因によって条件付けられる
財務会計の出現―イギリス
財務会計の発展―アメリカ
イギリスにおける財務会計の発展
産業革命
↓
企業の活動規模の急速な拡大
↓
会社形態をとる企業の割合を著しく増加
↓
イギリス会社法は会社に対して財務報告と監査を義務づけ
封建的荘園制から生まれた領地会計モデルが会社の報告義務の基礎
資本の永久性を仮定し、スチュワードに対して当該領地の収入および支出に関する会計責任を想定
財務会計
所有者に対するスチュワードシップの意識とともに生成
*歴史的原価の原則
荘園会計の簿記実務から引き継がれた
アメリカ
活発な株式市場の発達(20世紀初頭)
↓
投機的売買を鎮めるためにいっそうの公的開示が要求
会計研究
ほとんど存在しない
会計思考の発展は会計実務家による仕事の結果
会計理論と会計実務との関係
会計理論
初期の発展段階
会計実務から生まれたもの
会計実務
19世紀から20世紀初頭における企業活動の成長とともに発展
1920年代および30年代
Paton, Littleton
首尾一貫した利益決定モデルの発展
1960年代
数十年前に展開された利益決定モデルの発展
・APB設立
31の意見書、4つの報告書
同意が得られなかった
↑
整合的な理論的フレームワークがない状態
→会計問題が企業経営者、政府当局、そして財務団体といった特定の利害関係グループによる圧力によって決定されていたという事実
1973年
「財務諸表の目的」(Trueblood報告書)
1975年
ASSCが公表した「会計報告書」
財務諸表の目的
アメリカ
投資者と債権者が主たる利用者
イギリス
幅広い報告責任
意思決定有用性アプローチ
初期の利益決定モデル(利用者―意思決定モデル)
結論
どんな“理想的“利益測定尺度も存在せず、むしろさまざまな意思決定状況にあるさまざまな利用者にとってさまざまな利益測定尺度が必要とされる
1980年代
実証的会計研究
・イギリス
従業員、労働組合、そして他の社会的利害関係者グループへの情報開示について関心が払われている
・会計規制
社会プロセスとして探求
・アメリカ
経済的志向をもっておこなわれた
概念フレームワークへの願望
会計基準設定者がさまざまな利害関係グループの代表による圧力やロビー活動に対応するというニーズから生じている
*70年代
会計基準の経済的および社会的帰結の研究
ア・プリオリ研究
財務会計研究の草創期
会計学者
現行の実務から理論的原則を抽出することに関心
→経験的・帰納的アプローチ
経済学者
「真実な利益」の測定値を引き出すことに関心
→演繹的アプローチ
初期の会計研究者による経験的・帰納的アプローチ
会計実務を調査し総合
↓
観察される実務の基礎にある原則を一般化
☆『会社財務会計の基礎的会計原則』(1936)
・実現原則
・対応概念
・重要性概念
・保守主義概念
・ゴーイング・コンサーン概念
特定の会計方法は現行の実務の基礎にあると信じられる一般原則に準拠すべきである、という暗黙の規範的仮定
経済学者
経済的分析を駆使して基礎的会計方法を批判
会計方法の評価規準
ミクロ経済理論を採用し、理想的利益尺度を新古典派経済学の基本的公準から“演繹した”
・Fisherの理想的利益尺度
→実現不可能
主たる目的
「真実な利益」の尺度を決定すること
実践不可能であるとすれば、その実践的代替物を引き出すこと
☆1960年代「Bedford, Chambers, Edwards and Bell, Ijiri,
Mattessich, Sterling」
意思決定有用性研究
主要課題:会計基準設定(1960年代末期〜1970年代初頭)
・異なる会計方法間の選択と要請
・ア・プリオリ会計研究によって開発された利益決定モデルのなかから選択する方法を検討
会計選択
財務諸表の利用者のニーズを考慮することを基本
*ア・プリオリ研究者
モデルを正当化するために利用者ニーズに訴えた
↑
分析の出発点となるよりも事後的な正当化
意思決定有用性アプローチを支持する研究者
財務会計研究の出発点として財務諸表の目的を考慮すべき
・会計基準設定者と財務会計研究者
株主および投資者一般のニーズに焦点を合わせる傾向
・実務レベル
財務諸表は株主に提出されるもの
株主および投資者のニーズへの注目
→財務会計研究において予測能力基準の採用をもたらした
将来キャッシュ・フロー、すなわち配当の正味現在価値によって投資決定が行われる
↓
大きな予測能力をもつ財務諸表が株主の情報ニーズに最適
代替的会計方法からの選択
予測能力に与える効果を評価することによって可能
意思決定有用性アプローチ
・会計研究を「真実な利益」の探求から引き離す
・さまざまな利用者グループに与える会計方法の効用の考察へと向かわせる
×会計選択のための論理的基礎を提供することには成功しなかった
特定の利用者グループのニーズに応えるための情報提供
意思決定有用性アプローチの支持者が信じていたのとは違って、必ずしも一般的構成を増加させるものとはいえない
財務会計における経験的研究
会計情報が意思決定に与える効果についての経験的研究
意思決定者が異なるタイプの会計情報あるいは異なる時期に入手される情報に直面してどのような行動をとるかを検討
予測能力研究の目的
意思決定者の利害を表す変数、例えば、将来キャッシュ・フローを予測するにあたっての財務報告書の有用性を検討すること
会計情報と株価との関係に注目する株式市場研究(1970年代)
・株価残差アプローチ(Ball and
Brown)
研究デザイン
資本資産評価モデル(CAPM)
効率的市場仮説
株式市場反応研究
→基準設定の実務に重大な影響
・効率的市場仮説
すべての入手可能な情報は株価に織り込まれているという命題
↓
会計基準設定者
損益計算書における利益数値の意義が低下し、そして財務諸表の形式よりもディスクロージャー問題がいっそう重要になる
財務会計における経験的研究のデザイン(近年)
・情報経済学
・エイジェンシー理論
情報のコストおよびベネフィットを明確に認識することによって初期の経験的研究の核心となっていた新古典派経済学モデルを拡張し、そして経営者が自らの利益よりも株主の利益を追求するように動機付けるニーズを拡張
会計における経験的会計研究の普及
(1)コンピュータ技術の発達
(2)巨大な証券価格データベースの確立
(3)経済学や統計的知識をもつが会計学の経験がほとんどない会計学教員が増加したこと
実証的会計研究
「科学的研究」(Watts and Zimmerman)
研究対象が「なんであるか」という問いにのみ関わるものであって、「なんであるべきか」という問いに答えようとすることはできない
実証的会計理論
会計情報に対する株式市場の反応を予測するため
×財務諸表において利益がどのように測定されるべきかを規定することではない
実証的会計研究、エイジェンシー理論にもとづく研究
経営者と株主との契約関係における財務会計の役割に関して数多くの研究を促進
・経営者の私利追求行動の仮定
→会計基準の設定
○政治的プロセス
×技術的プロセス
Watts and Zimmerman
会計理論の主要な機能はいまや政治的プロセスが生み出した需要を満足させるような口実を与えることであり、その結果として会計理論はますます規範的になってきた
ア・プリオリな会計理論
政治的プロセスに関わるさまざまな利害関係グループによって利用される「口実の供給」、すなわち合理化を単に提供するだけ
会計規制の研究
会計規制
財務諸表の公共的性格
財務諸表の作成
経済全体に対して社会的価値を与えうるもの
財務諸表の社会的価値
株主と経営者にとっての価値に等しい
↓
会計の社会的性質について研究
経済的・社会的・政治的文脈での財務報告の役割
基準設定プロセスの政治的性質
会計基準を決定
利害関係のある経営者グループと株主グループの相対的パワー
考察される特定の問題、すなわち、会計基準設定者にとって議題にのぼっている会計方法に関する次元
問題が議論される際の条件や論争が生じる際の基礎を決定できる能力
異なる会計研究アプローチの基礎にある世界観(Chua)
伝統的アプローチ
実在論と実証主義とに基づく経験主義を、現在の社会秩序への信頼と結び付けている
会計の役割
経済的プロセスの技術的コントロール
会計研究
株主グループと経営者グループによって行使されるコントロールを高める手段
「解釈的」世界観
社会的相互作用という交渉を通して社会秩序が形成されるという見解と結びついて、主観主義と相対主義とが定性的で自然主義的な研究方法
会計研究の役割
受動的なもの
理論は社会におけるさまざまなグループ間の相互理解やコミュニケーションを高めるための手段
「批判的」世界観
会計研究の目的
不平等を際立たせ、そして社会批判のための手段を提供すること
要約
2つの強力な伝統
○実証主義
「理論」
経験的一般化をもたらし、しかも現実的で決定的な経験テストに委ねられるかぎり、価値をもつ公理主義的実態とされる。価値判断はその研究領域の外に位置付けられ、「何であるか」という問いは「何であるべきか」という問いから厳格に区別される
○相対主義
(1)会計人が考えている実務をどう解釈するかという関心
(2)強力に「相対主義」を志向する考え方の伝統
研究者たちは客観的事実であり現実的課題と思えるものが、専ら社会的に構成されていると信じているということである。この伝統内で論争が繰り広げられるにつれて、あるものはもっとラディカルな立場を支持するようになり、遂にはある理論と別の理論との選択、あるテストと別のテストとの選択、あるいは会計基準と別の会計基準との選択に際して、どんな客観役で合理的な基準の存在しないという見解に至った
<参考文献>
B.ライアン、R.W.スケイペンス、M.セオバルト著、石川純治他訳、『会計学・財務論の研究方法』同文館、1995年3月