会計・財務研究の哲学
問い
・財務的実在の本質に関する様々な認識がどのように研究を啓発するのか
・財務的・会計的実在の知識を獲得する場合、理論の役割は何であるか
・研究はどのようにして進歩するのか
・財務的実在を理解する場合、モデルはどのような役割を果たすのか
・理論を定式化する場合、仮定はどのような役割を果たすのか。そして競合する理論の信頼性を評価する場合、仮定の「実在性」はどの程度まで重要なのか
研究のコアとなる用語の意味
・仮説とは何か
・仮説は理論とは異なるのか
・何を現象の説明とみるのか
・何が予測の特徴なのか
@基準設定プロセスのロビー活動の影響を測定しようとするもの(方法論的)
研究の理論的枠組み
プリンシパル・エイジェント関係の経済理論
現実的で実践的な環境のもとでその理論の意味内容をテストする試み
一連の統計的技法が用いられる
実証結果
→見解
・経営者は基準設定プロセスの重要な構成要素であるということ
・経営者は基準の変化によって自分たちの報酬関数が明らかに影響される自己本位の効用極大者である
→経営者行動が予測できる
A「批判理論」の方法を適用した研究(代替的方法論)
批判理論のアプローチによって人間行動を研究
「説明」あるいは「予測」よりもむしろ「解釈」が強調される
会計手続の変化に対する組織の反応を研究
研究者の直感的および解釈的技能が特に重要
・統計的方法あるいは別の形式的方法の使用に訴えない
・研究から一般化できる結論を引き出す試みはされていない
方法論vs代替的方法論
基礎にある哲学レベルでの論争
いずれの研究も敵対的で基本的に理解不可能な批判を受けているかもしれない
経験主義vs合理主義
知識の本質、知識はどのようにして獲得されるか
合理主義
確実な知識は理性を用いることによってのみ獲得されるという考え
・競合する理論的主張の真理を判断する場合、論理と数学の力を協調し、世界についての真実は観察ではなく、理性だけで認識できると主張する
経験主義
真の知識は観察によって獲得されるに過ぎず、確実な知識に至る唯一の道は知覚による経験をとおしてであるといった考え
・推論的方法を極端に疑い、論理と数学を観察された知識の内容を探究するための道具に過ぎないとみなした
@ 我々の知ることが正しいという信念の確からしさは、知覚された経験を通してえられるにすぎない
A すべての知識は究極的には経験から導出される。我々が理解する限り、理性は習得されるものである
B 論述上の命題が真か偽であるかは、世界のあり方によるものか、我々が用いる言語の形式的特性によるものか、のいずれかである
↓
@→非経験的基礎に基づく信念は、形而上学的とよばれ、無意味
A、B→世界についての信念は、経験の助けのない理性の使用だけでは正当化できない
・
極めて自然に科学が「価値自由」であるべき
・
研究下にある経験対象によって正当化できない信念やイデオロギーから自由であるべき
↓
実証主義
実証主義vs観念論
実在論
何かを描写する時、それが実際に(客観的に)存在するという常識的見解を表すもの
・難点
我々が実在を意識しているのではなく、感覚資料から導かれる我々の知覚を意識しているにすぎないということ
観念論者
心とは無関係な実在は存在しない
・Kant
生得的に備わっているわずかな知的構成物あるいは理性的推理の方法を用いながら、知覚する心によって知識が創造されることを論証
「知識」
理性の機能を行使する心の活動を通して創造されるにすぎないと主張
科学的研究の合法性
一般に獲得された結果の客観的特徴に基づくもの
実在論者の主張する信念の多様な形態
基本的なレベル
直接観察できるものを擁護するために実在論がとられる
高いレベル
直接観察できない経験的関係が客観的に存在するという信念を擁護するために実在論がとられる
いっそう高いレベル
観察不可能な理論的実体が存在するという信念を弁護することができる
道具主義者
観察できる実態に関心をもつかぎり実在論を認めるが、より高次の観察不可能な理論言明に関しては、観念論者の立場をとるものとみなされる
相対主義vs方法論的合理主義
合理主義
・内省によって世界についての真の知識を純粋に獲得できる(真の経験的命題をア・プリオリに作ることができる)という考え(伝統的哲学)
・信念体系が合理的基準に訴えることイよって客観的に正当化されると主張する一群の哲学的立場(今日)
方法論レベルの合理主義者
競合する理論館を判定する客観的基準、科学的に有意味な命題を決定する客観的基準、そして所与の理論が「事実」によって正当化されるかどうかを判定する客観的基準を、方法論レベルで確立できると主張
相対主義
「ア・プリオリ」に方法論的基準を決定することは不可能
科学的信念は広く多様で相互関連的に条件付けられた要因、つまり実際の世界、研究者に関連する心理学的傾向、そして彼らが働く社会的・文化的環境に対して相対的であるという考え
・主要な問題
科学的方法を適切に使用することによって、現実世界の影響がその他の効果からどの程度切り離すことができるか
財務論および会計学の支配的アプローチ
相対主義により近い立場
どんな実在の解釈も主観的要因、理論的要因、そして文化的要因によって非常に強く規定されるということ、しかも特定の理論をテストするために、実在に訴えることは全く無意味であると主張
実証主義と道具主義
実証主義
経験主義の直接的継承者
実証主義の立場
・ 心とは無関係な実在が存在し、それは客観的な観察言語によって記述できる。このことは、経験できることについて有意味な真の方法で話すことができる、ということを意味する。論理実証主義の基礎を形成するのは、他でもないこの「観察言語」である
・ 命題が有意味なのは、それが総合命題であるか、あるいは分析命題である場合だけである。
・ 総合命題は、ア・プリオリに知りえない。これは、重要な経験主義者の主張であり、例えばKantによって提案された立場、すなわち総合命題は理性を使用するだけで純粋に心理であることが証明できるという立場に対置するものである
・ すべての形而上学的命題は、無意味である
↓これらに加えて、論理実証主義は検証の原理を導入する
・ ある命題の有意味性は、その検証の方法から導かれる。もし何らかの形で、そしておそらく原理的にだけとしても、ある命題が真理として検証される方法が示されるならば、そのときその命題は有意味である
実証主義内部の難点
法則や理論言明の性質
科学の法則
普遍的一般化を要求
法則
検証の原理は破綻
多くの単称的観察からも確実に推論することは出来ない
普遍的一般化を表現する法則を含む命題
観察から分析的に導出されない
条件付の命題として証明可能なものでもない
→別の論理的領域に存在するもの
理論言明
論理実証主義に対していくつかの難点
・「価値」という言葉の意味
純粋に観察言明で定義しようとするとき困難に陥る
・観察できるように十分定義されていない
↓別のレベル
・非常に多くの観察基準のひとつがその言葉に意味を与える形で観察できるように十分定義される
経験主義の中心(実証主義の中心)
観察不可能な理論的実体の存在論的身分に関して、および直接観察可能な指示対象物を一切もたないような実体を叙述するために使用される言語に関して、重大な困難
・困難を処理する二つの幅広い戦略
@ 観察言明と理論言明の区分を単純に否定すること
A 理論言明と観察言明の区分を認めるが、理論言明は実際には観察可能な意味を一切持たないと主張すること
=道具主義
実在論の弱い形態を受け入れる
目的に役立つ間は保持され、役立たないときには捨てられるルーズな包みの中に観察言明を結びつけるような言語上の約束の役割に、理論言明や実在物を委ねてしまう
道具主義者のプログラム
理論言明から導かれたり、理論言明が組み込まれたりする理論的構成物の妥当性を判断する場合、所与の理論言明の実在性は全く重要でない
予測と説明
道具主義者への批判
観察できる予測を生み出すために、理論を便宜的な人工物として用いること
予測するために用いられる推論内に含まれる言明
明らかに観察可能な指示対象物をもつ意味内容に翻訳されるような仮定でなければならない
説明(実証主義者)
通常、説明されるべき単称事例を「被覆」するのに必要な普遍法則を見出すプロセス
*説明プロセスは予測と対称的ではない
予測に必要な適切な仮定
予測範囲を慎重に狭めるもの
社会科学の説明
つねに解説を伴うもの
ポパーと反証主義
『科学的発見の論理』(1959)
理論をテストする時の観察の明確な役割を見出すことや帰納の問題を排除することに、特に関心
Popperの立場
理論的実体に関して実在論を伴うもの
・
科学は推測的仮設を通して進歩する。その仮説は、条件的で反駁可能な内容を演繹的に導出し、論理的議論の前提として働く一つ以上の普遍的一般命題として、単純な形式で記述されるものである。理論的な努力とは、反証事例が導かれるような形に理論を定式化することである。反証を認めない理論は、非科学的とみなされる
・
経験科学の役割は、出来れば理論的内容を実際に反証するようなテスト、したがって、興味深い理論を反証するような適切な批判的テストをデザインすることである
・
理論を反駁しようとする多くの試みに絶える理論は、経験によって「十分に検証された」といわれる。しかし、理論は立証されたとはいえないことに注意しなければならない。理論は事実によって十分に検証されうるが、反駁は常に致命的である。理論は、適者生存というほぼダーウィン学派に近い考えを通して、「真理の価値」を累積煮ながら進化する。絶対的な理論的心理は不明確な理念であるが、すべての科学の究極的な目的である
・
反証可能性を減らすためにデザインされた策略として、理論のアド・ホックな修正は認められない。決して反証されえない理論は役に立たない
生みだされた理論の反証可能性
科学と疑似科学とを区別
*フロイド主義的心理学やMarxの歴史の「科学的」見方→×
Popperの反証主義
強い規範的要素
理論志向
・道具主義と調和する
歴史としての方法論
Kuhn、Lalatos
直接的観察も所与の理論を反証することも確証することも出来ない
Kuhn
科学
特定の学問分野内の理論と観察の総体からなる「パラダイム」が明確な「ライフサイクル」を経ていくプロセス
Kuhnの哲学
規範的要素をもたない
競合する仮説間を判断するいかなる規則も与えない
Lakatosの方法論
研究プログラムの「否定的発見法」
科学者は彼らが反駁できないものとして保持する一連の「コア言明」に専念するもの
研究プログラムの「固定的発見法」
プログラムが生きている間、反駁からコアを“守る”ために、固い外皮として確証的な経験的証拠と理論調整からなるアド・ホックな修正を試みる
研究のライフサイクル
イノベーション、前進、そして退行から構成
観察の理論依存性
KuhnとLakatosの研究を支持するメタ理論的前提
観察は理論によって完全に規定されている
観察者の理論的前提に規定されるような実験結果に依拠するすべての方法論に異議を唱えた
「理論負荷性」(Hanson)
すべての言語的言明がその意味に関して関連する言語ルール、および多様な暗黙の理論的過程にある程度依存している
観察の理論依存性の問題
「意味変化仮説」
その仮説が提案しているのは、理論が変化する時、それに関連した観察に伴う意味もまた変化するというもの
実在に関する我々の観察およびその観察に我々が添える意味
↑依拠
われわれの知的構成物(理論)
Kuhnのパラダイム概念
異なるパラダイム
全く別の、しかもほとんど共約不可能な世界観を描き出す
意味変化仮説のパラドックス
異なる理論的文脈のもとに、その意味を変えようということが認められる
→複数の競合している諸理論において所与の観察命題は使用されない
・実験の生のデータ
↑↓区別される
・実在を説明するために使用される確かに反証可能な条件命題
観察命題の実在との一致
観察命題の結果に関して独立した個々人内で生み出される行動あるいは意見が相互に一致する時
=真理の一致・合意理論
観察結果がその際限可能性の正確さに依存するという実験科学の非常に重要な根本原理を含んでいる
観察=「理論負荷的」
観察が導かれる二つのレベルの存在
低い観察レベル
言語が許すかぎり事実の記述を節約できる
高いレベル
観察に与えられる意味は共通言語を共有する理論にだけ適用されるという意味で、確かに理論依存的
「変換構文論」の役割
観察データを特定の理論集合だけが使用するのに適切な観察言語へと変換する
極端な相対主義的立場の基本的弱点
実在に関する客観的命題の可能性を否定することは、自己矛盾
批判理論者
自然科学に適した方法論を、社会科学に適用することに反対する
「解釈学派」
異なる文化の意味と解釈を理解するために、そして何よりも我々自身の文化のなかで他の個々人や集団の意味や解釈を理解するために、どのようにして我々自身の文化の概念枠組みや言語を使用できるのかという問題を提起
Habermas
解釈学派の問題
特に社会科学に生じる
・ データは理論から分離できず、理論に照らして事実が再構成される
・ 自然科学における理論は、実在の「モデル」から構築されるのに対して、社会科学における理論は事実を模倣し、我々に意味を理解させ解釈させる程度によって、その善し悪しが判断される
・ 自然科学の本質的に外的な法則関係とは異なり、社会的法則は「内的」な精神的状態に関連し、観察者によって押し付けられるものである
・ 社会科学の言語は、非常に多様な意味を許容するほどの柔軟である
・ 自然科学における事実は意味とは無関係であり、意味は社会科学上の事実である
*自然科学
実証主義者および道具主義者のアプローチを取り、そのアプローチが客観性の保証人である自然科学の技術的価値
社会の発展
道具的活動とコミュニケーション活動との弁証法的相互作用から現れる
・道具的活動
個々人は自分たちのニーズや欲望を満たすために自分たちの環境を巧みに処理
・コミュニケーション活動
自分たちの世界を規則や規範を制度化してコントロール
研究の社会的プロセス
研究
金銭的報酬を得ることに本来それほど関心がなく、むしろ社会的信用や“評判”を築くことに関心をもつ男女によって行われる社会的活動
研究者
一つの社会的システムとして、“著作”の評価や公表に対する厳しい手続によって守られる強い社会的規範を提示
研究活動
名声〜生産過程の“シンボリックな資本“
著作〜生産目的
厳格な階級構造
会計・財務分野の支配的方法論
理論構築およびテストを基礎とする科学的発展の方法論を構築することは困難
会計・財務の学問分野
研究がどのように行われるべきかに関して支配的な見解を形成すると思われる一連の方法論的諸原則を確立することが重要
方法論的立場
現実の実践を判断する基準を形成するもの
・方法論の要所
仮定の本質および観察言明と理論言明との結びつき
実在の抽象化である「モデル」という概念
理論という概念以上に実践的研究者が扱うより意味のある概念
・会計・財務の学問分野
自然科学と同様にいかなる研究プログラムの発展にとっても中心的
○重要な特徴
・ モデルは、観察可能な予測が導出される理論的内容を生み出すことが出来なければ成らない
・ モデル内の仮定は、論理的意味において内在的に無矛盾であるべきであり、モデルの論理整合性が許すかぎり仮定は単純であるべきである
・ モデルは、その領域内の既知の経験的事実すべてと理論的に共約可能なものでなければならない
・ モデルの理論的範囲は、そのモデルとその説明および予測内容といった付帯集合によって定義される
・ 関連する一連のモデルの組み合わせは、それと関連した観察レポートとともに、特定の研究プログラムの文献領域を形成する
研究者は、モデル定式化の最初の段階から、以下のような活動を企てるであろう
・ 同じ意味内容の集合を生み出すために、必要最小限の仮定集合という観点からモデルを再定式化しようとしながら、彼らがそうしているように、コア・モデル内の内部経済性を追求するだろう
・ モデルの主要な意味内容とその逸脱範囲をテストするために、経験的研究が行われるであろう
・ 理論研究者は、同じ範囲あるいはより大きな範囲ではあるが、より少ない仮定あるいはより弱い行動要求を行う仮定に依存する競合モデルを創造しようとする
・ 意味内容の間接的な領域を生み出すために、仮定間の関係を定式化しようと試みる
研究プログラムの健康状態
キーとなる指標
@ 活動的な研究者の頭数を単純に数えること
A 特定の研究プログラムが死にかけている時
1. モデル内のすべての仮定の探求プロセスが十分研究し尽くされ、オッカムの剃刀がすべてに適用されてしまっている
2. すべての結びつきが研究され尽くし、そして理論的かつ経験的な変則事例が明らかにされ、議論された
B 同じ経験領域をカバーし、しかもより大きな範囲、そしてより大きな説明力と予測力をもつ新しいモデルが展開されること
<参考文献>
B.ライアン、R.W.スケイペンス、M.セオバルト著、石川純治他訳、『会計学・財務論の研究方法』同文館、1995年3月