3章 ICAEWの『ソロモンズ・レポート』

1.財務諸表の目的

『ソロモンズ・レポート』

「意思決定有用性アプローチ」を採用

利益指向企業による一般目的外部報告の機能

@     企業の財務業績および状況を評価すること

A     財務業績の管理に責任がある人の業績を評価すること

B     当該企業に投資する、当該企業に貸し付けるとか信用貸しを拡張する、当該企業と取引を行うとか当該企業によって雇用されることについて、意思決定を行うこと

@、A、Bに関心のある多様な利用者に情報を提供すること

*「財務業績」

企業所有者および従業員のために利益を上げるため、債権者の請求を満たすため、さもなければ、独立した事業体として企業の継続的存立を保証するような方法で企業の業務を遂行するために、企業および企業経営者に対して示された能力

「生存性を有する収益性」

「収益性」と「生存性」

相互関連的な要素

生存性

短期的には損失を被っても長期的には収益性がなければならない

収益性とともに流動性(キャッシュ・フロー)も必要

測定できない社会的活動を含む複雑な性質

第一義的に重要な情報利用者

a)現在および潜在的投資者

b)現在および潜在的債権者

c)現在および潜在的従業員

d)長期供給契約により当該企業と結びつく現在および潜在的顧客

『コーポレート・レポート』

「公共的アカウンタビリティ」

利害関係者をアナリスト・アドバイザー、政府および一般大衆にまで広げた

→「アカウンタビリティ概念の拡充」

 社会的責任がある活動の説明責任を意味する「社会的アカウンタビリティ」概念の成立

『ソロモンズ・レポート』

内部情報に接近できない(強調)

 →財務情報へ接近しうる権力を強く意識している

利害関係者

「業績」の二つの主要な要素である「収益性」と「生存性」に対する重点のおき方に相違

現在および潜在的な投資者

収益性に興味

債権者、ほとんどの従業員および契約を有する客

企業の存続に主に関心
存続の前提条件の範囲でのみ収益性に関心

財務諸表の情報ニーズ

a)企業所有者、従業員および貸付金に利害を持つ債権者のために利益を創出する能力

b)現在および将来の支払能力

企業の収益性とその生存生徒の連結館は、そのキャッシュ・フローに見出されるべき

⇒キャッシュ・フロー計算書が一般目的財務報告書の一つといて作成されなければならない

『コーポレート・レポート』

財務的な受託責任だけでなく非財務的責任の履行を負う手段として、非財務的情報も提示

『ソロモンズ・レポート』

利害関係者の対象を限定

→表示されるべき報告書の範囲が伝統的な財務諸表の体系の中に収められている

2.財務情報の質的特徴

財務情報の質的特徴

財務諸表が提供する情報を利用者にとって有用なものとする属性

『ソロモンズ・レポート』の会計情報の質的特徴

会計基準設定者が「良い会計」を「悪い会計」から区別する規準

→会計方針を選択する際に、必ずしも一つの方向を明瞭に示さない

理由

@     あらゆる人が、情報を持つべき異なる特性のそれぞれに、同じウェイト付けをするとは限らない
A     ある望ましい特性を得るために、他の特性を犠牲にすることが時々あり、両者のトレードオフの関係に意見の一致をみることが難しい
B     基準設定者は、財務報告書の作成者と利用者の動きをコスト・ベネフィットに優るか否かの意見の一致をみることが困難であるため、特定方向を示しにくい

列挙・説明する特性

1)                            目的適合性
予測価値
確認価値
訂正価値
適時性
2)                            信頼性
表現の忠実性
包括性
検証可能性
3)                            継続性
4)                            中立性
5)                            実行可能性

「目的適合性」

情報は意思決定者が将来に関する予測を設定・確認・修正する、あるいは過去の事象に関するかこの予測を確認・訂正するのに役立つ能力があるならば、意思決定の場面にとって目的適合的である

経済的意思決定に適合するため

→「予測価値」、「確認価値」、「訂正価値」を具備しなければならない

 +適時性

『ソロモンズ・レポート』が規定する目的適合性の特質

フィードバック価値、予測価値および適時性から成り立つとする米国のSFAC2号を踏襲

「信頼性」

会計情報が表現しようと標榜するものを忠実に表現することが利用者によって合理的に確認できる場合、会計情報は信頼できる

特質

「表現の忠実性」、「包括性」、「検証可能性」

「継続性」

採用された会計方針・手続を毎期間、変更しないこと

→会計数値の有用性を高め、期間的・客観的な比較可能性を確保

 

FASBIASCの概念フレームワーク

財務情報の質的特徴として「比較可能性」

『ソロモンズ・レポート』

「比較可能性」の必要条件である「継続性」のみを列挙する

「中立性」

消極的特性

財務報告においては、予めきめられた結果を引き出すように、利用者に影響を及ぼすことを意図するような偏向がないこと

 

SFAC2

「中立性」・・・「信頼性」の下位概念として把握

『ソロモンズ・レポート』

「中立性」・・・「信頼性」と並列的な関係

「中立性」は「信頼性」の構成要件の中に包摂されるべき

「実行可能性」

規準遵守のコストと情報利用者に対するベネフィットについての考慮

財務情報の質的特徴というよりは「目的適合性」と「信頼性」の構成要件の中に包摂されるべき

『ソロモンズ・レポート』

財務情報の質的特徴

「目的適合性」、「信頼性」、「継続性」、「中立性」、「実行可能性」を並列的に列挙

SP草案2

第一義的特徴

「目的適合性」、「信頼性」

第二義的特徴

「比較可能性」、「理解可能性」

→質的特徴の階層化(SFAC2号に類似)

『ソロモンズ・レポート』

会計基準設定者が「良い会計」を「悪い会計」から区別する規準

△利用者にとって有用である「理解可能性」あるいは「比較可能性」

○会計基準設定者が年頭におかなければならない「実行可能性」、「中立性」、「継続性」が質的特徴として前面に出たもの

3.財務諸表の構成要素

財務諸表観・会計観の検討

収益費用アプローチ

期間利益(損失)を当該期間の収益とその収益稼得のための費用の差額とみるもの

費用・収益の認識・測定およびそれに基く使用・収益対応によって算定されるもの

資産負債アーアプローチ

期間利益(損失)を当該期間に帰属する事業体の純資産における変動額とみる会計観

資産・負債に基く純資産の期首と期末の差額によって確認・算定されるもの

→資産負債アプローチに優位性を与える

理由

@     収益費用アプローチを選考する理論家でされ、資産の変動あるいはその他の貸借対照表項目の変動に基かない収益・費用を定義することは出来ない

A     利益は富の創造であり、企業の富は、会計報告書がそれぞれを表現する限りでは、貸借対照表における所有主持分の部に計上される

B     収益費用アプローチによって、有用な財務諸表としての貸借対照表の誠実性とその価値が脅威に晒される

資産負債アプローチ

財務諸表項目

中核的な構成要素

資産、負債

従属構成要素

収益、利得、費用、損失、所有主持分、利益

「資産」

会計日において、事業体によって明らかに支配されており、しかも将来の経済的便益を事業体にもたらすと期待される資源あるいは権利

資産の本質「将来の経済的便益」(FASBの概念フレームワークと類似)

「負債」

会計日において、他の事業体に対して資産またはサービスの将来の引渡しを行うべき事業体の義務

「収益」

財貨の供給あるいはサービスの提供のような主要な営業活動から生じる資産の流入または増加あるいは負債の弁済

「利得」

付随的な取引、資産価値・負債価値の変動、あるいは収益または所有主による投資から生じる事象・状況以外の事象・状況からもたらされる純資産の増加

「費用」

主要な営業活動を遂行する目的のための資産の流出または費消あるいは負債の発生であり、将来の経済的便益を生み出すことを期待していない

「損失」

付随的な取引、資産価値・負債価値の変動あるいは費用または所有主への分配から生じる事象・状況以外の事象・状況によりもたらされる純資産の減少

「所有主持分」

純資産における所有主の残余権益

「利益」

前期損益修正および所有主による拠出額・所有主への分配額を除外した、一定の会計期間内における所有主持分の変動額

4.財務諸表項目の認識および測定

認識

米国FASB

ある項目を資産、負債、収益、費用等として正式に事業体の財務諸表に記録するか組み入れるプロセスである。認識は、文字と数値の両方によってある項目を描写し、その金額が財務諸表の合計金額に含まれることを意味する

『ソロモンズ・レポート』

FASBの定義を踏襲

財務諸表項目が認識される要件、基準を意味する認識規準

a)当該項目が、資産または負債の定義、あるいはそれらから導き出された従属構成要素の定義を満たす
b)採用されている会計モデルにより特定化された大きさが、合理的な確実性をもって測定され、検証されている
c)そのようにして測定・検証された大きさが、金額において重要である

SP草案4章(19927

認識規準
資産・負債変動の蓋然性
(イ)当該項目が、財務諸表の構成要素の定義を満たす
(ロ)当該項目に本来備わっている資産または負債の変動が生じた十分な証拠がある
(ハ)当該項目は、十分な信頼性をもって貨幣額で測定される

認識

事業体の経済的取引・事象のうちどれを会計的に測定の対象となるかを識別するプロセス

測定

会計的に認識された経済的取引・事象に金額を割り当てるプロセス

収益の認識に関係知り資産の流入

比較的問題はない

費用に関係する資産の流出の認識

購買時点と販売時点との間の価格変動が通常存在する
→採用される会計モデルに依存
取得原価モデル
実際原価が費用額
現在原価モデル
販売日(費消日)に販売(費消)された単位を取り替える原価

一般目的会計モデルの選択が検討

2つの側面

(@)測定されるべき資産と負債の大きさまたは属性の選択

(A)測定値を表示すべき貨幣単位の選択

英国における「GAAP

SSAP9号、1985年会社法附則第4

棚卸資産の期末評価に「原価と正味実現可能価額の低価法」

SSAP19

投資不動産は貸借対照表日において公開市場価値で評価

1985年会社法附則第4

固定資産の期末評価

市場の価値または現在価値による再評価が代替的会計規則として認められている

時価の強制または容認

取得原価モデルの欠陥

a)タイムラッグの欠陥。カレントな収益を過去の低い価格で発生した原価と対応することによって、利益は歪曲され、その配分によって資本が侵食される

b)貸借対照表は、事業に利用されている資源に関して現実的な表現を付与していない

c)上記の二点の結果として、取得原価に基く資本利益率の測定値は誤解を招く

d)価格変動に帰属する保有利得・損失が識別されないので、経営者の業績が誤って表現される

e)貨幣資産の保有から生じる購買力損失および貨幣負債の保有利得を認識できない

f)売上高・利益等のような一連の時間的な業績の測定値は、実質単位で表現されていないので、成果を誤って表現する

g)取得原価主義会計は、首尾一貫した成果を示さないで、期間比較および客体比較を歪める

h)実現したときのみに利得や損失を認識することによって、利益操作が容易になる

(i)実現した時のみに利得や損失を認識するので、実現した会計期間と発生した会計期間が同一とならず、他の歪みも生じる

j)合併会計のような変則的な会計において、取得原価主義会計における古い帳簿価額、低い減価償却費・売上原価を保持するのであれば、合併会計を選択する会計上の誘引はほとんどない

k)取得原価主義会計における貸借対照表は、異なる購買力を持つ貨幣単位で記録されているので、その加法性が疑問視される

→改善モデルの要件

@     貸借対照表は、認識規準を満たす資産・負債すべてを計上する、貸借対照表における財政状態の「真実かつ公正な計算書」である

A     資産および負債は、貸借対照表日における「継続企業にとっての価値」で貸借対照表に記載されなければならない

B     所有主の実質的財務資本を維持することが、損益計算書における分岐点である。すなわち、利益あるいは損失は、期首における金額と比較した実質的資本の増加あるいは現象を意味する。「実質的」という用語は、測定値が安定購買力単位で表現されることを意味する

C     財務諸表によって表示される成果は、首尾一貫して測定されるべきであり、したがって、価格変動期と価格安定期のどちらにおいても、期間的に比較可能であるべきである

D     財務諸表によって開示される情報のすべては、検証可能であり、しかも費用効率的であるべきである

→要件を満たす会計モデルに必要な概念

「企業にとっての価値」、「実質的財務資本」

「企業にとっての価値」(喪失価値)

特定資産の喪失または所有中止の不利益を持って「所有による利益」を測定

喪失価値概念の特質

「所有者にとっての価値」(ボンブライト)

その所有者が当該資産を喪失するとすれば被るであろう、直接及び間接の全損失の不利益価値に等しい金額

取得による利益よりも喪失による損失に重点をおく

「企業にとっての価値」

資産の喪失によって企業が受けるであろう損失で測定される

「機会価値」

当該資産を所有することによって回避され得る費用、損失、犠牲

仮定(喪失価値説)

資産を喪失した時に所有者あるいは企業は、自己にとってもっとも有利な結果をもたらすように、合理的−経済的行動ととる

1)資産の購入(再調達)、(2)販売、(3)保有(利用)

→最も合理的・経済的な行動が選択される

正味実現可能価額>再調達原価

→購入

正味実現可能価額>現在価値

→販売

現在価値>正味実現可能価額

→利用

→仮定

当該資産の再調達原価、正味実現可能価額および現在価値を比較して、最も有利な結果が生じるように資産を評価する

SP草案5

「企業にとっての価値」による資産評価の基本ルール

再調達原価と回収可能価額の低い方

A)当該資産を取り替える価値がる場合、再調達原価
B)当該資産を取り替える価値はないが、
a)保有する価値がある場合、現在価値
b)保有する価値がない場合、正味実現可能価額

喪失価値説における資産評価

○ 受入価格と払出価格との異質物の混合

× 再調達原価か回収可能価額かの一方の排他的な使用に基く評価

合理的な企業行動仮説を基盤

「企業にとっての価値」

→再調達原価と回収可能価額との低価法

一般の「時価主義会計」

再調達原価、正味実現可能価額、現在価値のうち、いずれかを企業の計算目的に従って継続的に適用する方法

英国型時価主義会計における時価

資産をとりまく状況によって左右され、特定の価値を示すものではない

「企業にとってのカレントな価値」

カレントな状況に応じて選択適用される

負債の「解除価値」

負債の「企業にとっての価値」

厳密に同じ社債を発行することによって現在調達できる金額と、最も経済的な手段によって当該負債を返済する費用との高い方

負債の解除価値

事業体が負債を解除したならば得られるであろう便益の最大値

SP草案5

借款収入と決済コストのうち、いずれか高い金額

*決済コスト

将来支出の現在価値と現在返済価格のうち、いずれか低い金額
事業体は負債の即時返済のうち負担の少ない方

資本維持

所有主の立場から「購買力資本維持」を採る

実質資本維持会計(購買力資本維持会計)

不安定な名目貨幣単位にかえて、期末時点の購買力を表す実質的貨幣単位による会計数値が得られ、かつ、一般購買力損益が把握される

「現在原価・安定購買力モデル」(『ソロモンズ・レポート』)

一般物価水準変動と個別価格変動のどちらも認識し、営業能力ではなく実質財務資本の維持に基礎を置く

 

<参考文献>

菊谷正人『国際的会計概念フレームワークの構築』同文館、20024